完全キャッシュレス化への道

コロナ禍になって以来、非接触で金銭をやりとりできるキャッシュレス決済への関心が急速に高まった。2021年のキャッシュレス決済比率は32.5%まで上昇し、今や決済全体の三分の一を占めている(出典 経済産業省 https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220601002/20220601002.html)。もとより自分は現金(紙幣、硬貨)を日常的に財布にあまり入れない方だったし、2014年に「小さい財布」を使うようになってからは一層その傾向が鮮明になっていた。そして2021年1月、ついに「完全キャッシュレス」を宣言(自分の中で)し、財布に1円の現金も入れないことにしたのだった。

 

 

この宣言に至った理由・背景は主に2つある。1つは、「現金だと使途不明金がどうしても防げない」という問題だ。収支記録をつけて管理するため、現金で支払いをした場合はできるだけレシートを受け取るようにしているが、自販機や券売機、ゲームセンターなどの遊具(筐体)、屋台のような店舗など、レシートの類が出ない取引はどうしてもある。これらの取引をした際は、頭の中に一旦メモし、PCを起動したタイミングで忘れないうちに記帳するという手間が生じるので、何件もの取引が連続したり、発生から時間が経ったりすると、どうしても忘れてしまう。それで「帳簿と現金残高の不一致=使途不明金」が収支記録の貴重の都度、ほぼ毎回発生し、地味なストレスとなっていた。しかしキャッシュレスであれば、クレカであれ、QRコードアプリ決済であれ、必ず支出のデータが残る。したがって使途不明金は起こりえず、ストレスからも解放されると期待したのである。もう1つは、「妻によるカツアゲ」の問題である。財布に現金を入れて自宅に置いていると、妻が中身をチェックし、「こんなに持っている」(といっても数千円なのだが)と不平の声を上げ、「盗まれるといけないから預かっておこう」と言って抜き取ろうとする。文句を言うことが目的(アドラー心理学でいう目的論)なので、実際に抜かれることはまずないものの、そうやって勝手にのぞかれるのもまた、地味なストレスの一因だった。しかしこれもまた、キャッシュレスであれば自然消滅する問題である。こうした問題の解消手段として、自分は財布の現金残高を常時ゼロにすることに踏み切ったのだった。

 

 

その結果、上記の問題は解消され、妻も「勘弁してやるよ」という捨てゼリフを吐いて諦めるようになった。現金の代わりに利用する決済手段は、主にクレジットカード、PayPayの2つ。完全キャッシュレスにした結果、これらの手段が使えない取引、現金のみの取引は、そもそもしなくなってしまった。「クレカもPayPayも使えないなら、別に今買わなくていいや」という具合である。もともと発作的、衝動的にモノが欲しくなるような強い物欲がない人間だというのもあるが、「ATMで現金を下ろす」という手間(コスト)を払ってまで、とっさに現金で買わなければならないものは、自分にはほとんどないのだということが、キャッシュレス化によって明らかになった。某TVCMではないが、現金のみの商売をしている店舗は、自分のような人間相手の商機を相当逃していることになるだろう。キャッシュレスへの批判として、よく「お金が目に見える形で手元にないと、金銭感覚が狂って、際限なく使ってしまう」という主張があるが、自分に限ってみればそれは真逆で、計画的に資金を用意できない取引はしなくなるし、使途を決めずにお金を持ち歩くことがない(現金が必要な場面でも必要額しか下ろさない)ので、むしろ大幅な節約につながっている。

 

 

今や飲料の自販機でさえアプリでキャッシュレス決済ができる時代だ(自販機に一度も手を触れずに飲み物が出てくるのは快感すら覚える)。始めてからすでに1年半経つが、完全キャッシュレスには何の不便も感じず、むしろ多大なメリットがあるということがよくわかった。クレカや免許証など、カードが5枚ほどしか入っていない財布は仮に無くしても1円の被害もない(クレカは電話1本ですぐ利用を停止できる)ので、セキュリティ対策の面でも確実にレベルが向上している。スリの銀次も真っ青の「名ばかり財布」の誕生である。その分、クレカの明細を毎月確認したり、スマホのロックを徹底したりといった個々人のセキュリティ意識は強く求められることになる。メリットの反面、リスクやデメリットがあるのは、現金もキャッシュレスも同じである。リスクとメリットをきちんと認識・管理しながら、自分はこれからもキャッシュレス社会の推進・深化に貢献していきたいと思う。

 

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