8月23日(日)の社労士試験本番まで3週間を切った。受験票のハガキも届き、いよいよ最終盤。ここで最後の追い込みをかけるべく、今まで以上にやる気を燃やし、寝る間を惜しんで勉強時間を増やしている・・・かというとそんなことはなく、ただ淡々とこれまでと同じようにユーキャンのデジサポを使って問題演習・過去問演習を続けている。むしろ、1ヶ月前と比べると、勉強のために朝4時台に起きていたのが日の出の時間が遅くなるにつれて朝5時台に後退したし、何なら勉強時間も減少傾向だ。正直なところ、今年の試験での社労士合格は、すでに断念している。どうして、受験前なのにそんな心境になってしまったのか。その要因を整理してみると、以下のようなことが挙げられる。
①数字要件の理解不足
社労士試験にはとにかく色んな数字が出てくる。「書類の提出日」であれば、14日以内、30日以内、速やかに、遅滞なく、といった具合にパターンがあって、正しい答えを選ばなければならないし、「書類の保存年限」も2年、3年、5年、5年だが当面の間3年など様々である。これらの数字に明確な法則性は見いだせないし、丸暗記しようにも膨大かつ細かすぎて正しく覚えられない。なかなか頭に引っかからない数字については、強引な語呂合せを考えて無理矢理暗記を試みてきた(健康診断や面接指導の結果の保存年限は5年→健5(けんご)→「剣豪は健康」など)が、数百件以上ある数字を語呂合せにしたら、情報量が爆発的に増えてかえってこんがらがるのでこれも現実的ではない。このため、テキストを読んだり、問題演習をして答えを確認したりして、その場では何となく覚えたような気になった数字も、満杯のコップに注いだ水がこぼれ落ちるように、目を通した瞬間から次から次に頭をすり抜けて行ってしまい、一向に長期記憶が形成されないのである。
②制度の体系的理解の欠如
社労士試験には、労基法、安衛法、雇用保険法、国民年金保険法・・・といった社会保険制度全般に係る幅広い分野が出題される。そして、それぞれの制度の共通点と相違点をきちんと区別して、正しく理解することが求められる。そのためには、付け焼き刃ではない「体系的理解」が不可欠になるのだが、テキストを流し読みしながらとにかく先へ進むことを最優先してきた自分は、「何となくこんな感じ」程度の「表層的理解」しかできていないので、ちょっとアレンジした問題が出たり、「給付の調整」といった各制度間の関連性を問われたりすると、立ち所にボロが出て行き詰まってしまう。テキスト学習の段階で「なるほど!」と納得しないまま進んできてしまったことが、こうした状況につながっているのだが、とはいえ唯一の得意分野である労基法以外は、日常では関わりのない制度ばかりなので、学習の中で「腹落ち」レベルの理解に至るのは非常に難しい。体系的に理解できないから、エビングハウスの忘却曲線のスピードでどんどん忘れていってしまうのである。
③知識同士の混線
①②のように理解が中途半端であることの帰結として、社会保険の各制度の似たような部分の区別がつけられず、知識がこんがらがって正しい答えを出せなくなってしまう。例えば、不服申し立て、時効、給付制限といった仕組みはどの制度にもあるのだが、これらの知識の整理ができていないので、どの数字がどの法律のものだったか、この制度とあの制度ではどの部分が違うのか、わからなくなるのである。そうしたややこしい部分を整理した教材があればいいのだが、必ずしもそうした資料が見つかるわけではなく、かといって自分で調べてイチから資料を作るほどの余力もない。結果、曖昧な状態がいつまで経っても解消されずに知識が定着しない泥沼に陥っている。
④学習時間の圧倒的不足
上記の要因につながる根本的な原因として、学習時間が圧倒的に不足しているという問題がある。もちろん、勉強量は勉強時間に必ずしも比例しないが、それでも勉強のためには一定の時間が必要不可欠なので、目安としては有効な指標だ。自分の場合は勉強を開始した昨年12月からの8ヶ月間(約230日)で、推定250~300時間程度しか学習できていない。ネット上では、「最低1000時間」といった数字が常套句のように飛び交っていることからすると、「真面目にやっているのか」とお叱りを受けそうなレベルだ。ただ、これでも決して勉強をサボったり、試験を甘く見たりしていたわけではない。この間、家族が起きる前と寝た後の数少ない自由時間の多くを勉強につぎ込んでいたし、妻が入浴している間や、祖母の葬儀で火葬場に移動するバスの車内など、わずかなスキマ時間でさえも問題演習に充ててきた。ただ、部下が不在になり自分一人で乗り切った年度替わりの繁忙期の仕事はただでさえハードだったし、毎日の家事・育児タスクも抱える中で、正直、これ以上の時間を勉強につぎ込むことは無理だったと思う。週末に家族をほったらかして8時間勉強するような「身勝手」は、我が家では自爆行為に等しい言語道断の所行であったし、週末や平日の夜に家族とリビングで過ごす時間を「スキマ時間」扱いし、家族を無視して一人で黙々と社労士勉強をするようなことも到底あり得なかった。仮にもそんなことをしようものなら、「家族よりも勉強が大事か。そんな試験なんて受けるな!」と妻が怒り心頭になるのは分かりきっていたし、実際にこの類いの嫌みや罵倒は(家族の前では極力「勉強しないように」していたにも関わらず)日々浴びせかけられていた。勉強することそのものが困難を極める中で、それを1000時間も積み重ねることなど夢のまた夢だった。
⑤メンタル的な限界
上記のとおり、「家族を犠牲にしている」と妻に指弾されながらも、雀の涙ほどの自分の時間を「削り取る」ようにして勉強してきたのだが、余暇や趣味の時間を排除した生活を続けるにつれて、徐々に精神的な限界が見え始めた。せっかく値上げ前に手に入れたNintendo Switch 2を一切プレイせず、マンガを読んだりもしなければ、酒を飲むこともほぼない「禁欲生活」のような日々を過ごす中で、だんだんとストレスが溜まり、勉強への集中を欠くようになってきた。とりわけ、直前期に差し掛かり過去問演習が中心になってくると、難問奇問に苦戦する中で勉強へのストレスが急上昇。それに反比例して、勉強へのモチベーションが急速に低下していき、追い込みをかけるべき段階なのにかえって勉強に身が入らない「負のループ」に陥り、現在に至る。ストレスが蓄積した心は空気がパンパンに詰まった風船のようなもので、あるラインを超えるとそれ以上入らないように心が防衛反応を取るようになる。そこで無理をすれば風船が破裂して心が壊れてしまう。風船が一定の大きさを保つように、正しく空気を抜く「発散」が、勉強と同じくらいに大事だったということである。
そんな訳で、一発合格を諦めた自分は、試験直前期の中でも緊張感・緊迫感はなく、「消化試合」のように細々と勉強を続ける日々を送っている。すでに「不合格後」のことも考え始めているのだが、ユーキャンでもう一度同じ教材をやり直すことには到底精神的に耐えられないので、「フォーサイト」など別の通信教育をやってみようかと思っている。また、3回目までは受験しようと思うが、そこで手応えがなければ、もうそれっきりで手を引くつもりでいる。社労士資格を得ることで「何者か」になりたいというのが受験の最大の動機であり、勉強の原動力でもあったのだが・・・。今回の「失敗」を踏まえて、改めて「来年の試験」に向けた対策を早急に考えていきたい。

6月中旬に自宅トイレに設置した勉強コーナー。壁に貼り付けたクリアファイルの中にテキストのコピー等を予め挟んでおくことで、用を足している間にハンズフリーで勉強できるという優れもの。スキマ時間活用の極致。
(110分)