Ultrabook処分


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2012年7月に購入した富士通のノートパソコン「LIFEBOOK UH75/H」。この「老兵」を10年経った今なお手元に置いているのは、このPCに一方ならぬ思い入れがあるからだ。購入時のエピソードに始まり、直後のドイツ研修に持参して異国の地で写真の整理等に活躍したこと、大量の雑誌を「自炊」するためにScanSnapと接続して運用したこと、宅外での朝活でプレゼンをする際に活用したこと、結婚後にアパートに引っ越し、テレビを買うまでの間、光学ドライブを接続してDVDの視聴に使っていたことなどなど、様々な思い出が脳裏を駆け巡る。当時、先取的なPCとして注目を浴びていた「Ultrabook」ならではの、薄さ・軽さとバッテリーの持ちの良さを活かして、「PCを外に持ち出して使う」という活用スタイルを自分が始めるきっかけを作ることになった記念碑的な存在だった。元をたどれば、MちゃんがよくカフェにMacBookを持参して使っていたのを見て、自分も同じことをやってみようと思ったのが始まりだったように思う。

 

しかし、実態としては、元々あったメインのノートPCは「自宅用」としてそのまま使いつつ、「2台目のサブPC」として購入したことが、このPCの使用場面を制約することになってしまったというのも厳然たる事実であった。「PCを外に持ち出して使う」というのは、メインPCにあらゆる機能・データを集約する重厚長大型の運用をしていた自分にとっては非常に画期的なスタイルだったのだが、思いの外そうした機会は多くなかった。また、当時は今のようにクラウドストレージにデータを置くという発想がなかったので、メインとサブを併用するとそれぞれのHDD内にデータが散在することになってしまい、最終的にメインにデータを移す手間が生じるというのもネックになっていた。そのため、購入時に8万円以上をかけたにもかかわらず、使用する機会はメインPCに比べて著しく少なく、文字通り宝の持ち腐れのごとく陳腐化が進んでしまう憂き目に遭ったのだった。5年保証が切れて以降は使用することがほぼなくなり、自宅アパートで部屋の片隅に置かれ、子供のおもちゃ(起動はせず、ただディスプレイを開いてキーボードをガチャガチャ叩く)に甘んじていた。それでも、Windows7からWindows10に無償アップグレードされていて、OSのサポートが残っていたため、「まだ何かに使えるのではないか」あるいは「ヤフオクで有償で売れる価値があるのではないか」という思いが捨てきれずにいたのである。

 

だが、今日、PCの状態を確認しようと思い、いつ以来か思い出せないほど久々に起動を試みたところで、とうとうその淡い思いは消え失せた。OSがエラーを起こして、起動できなかったのである。自己診断機能を使ってハードウェア的には異常はないことは確認したが、起動ができないのではもう使いようがない。リカバリディスクも作っていなかったので、システムの復元もできないし、HDD内に残っているであろうデータの消去も(標準機能では)まず不可能だ。元々大したデータは残っていなかったはずだし、わずかなデータも2年ほど前に最終バックアップを済ませていた。もう手元に残す意味はないし、売り物にもできない。自分の心の中で、ようやく処分に踏み切る決心がついたのだった。思い立ったが韋駄天、メーカーのパソコンリサイクルサイトから申請し、無料回収用の発送伝票を手配した。数日後に伝票が届き次第、パソコンを購入時の元箱に入れて「出棺」することになるだろう。お金にはならないが、都市鉱山再資源化が進む一助となるなら、自分にとっても本望である。

 

すぱっと踏ん切りをつけられたのは、実はすでに「5代目」となる新しいノートPCを買ってあることが影響している。「2台持ち」が失敗した反省に立ち、メインPCとしては初めて「持ち出すこと」を前提とした軽量機種を購入した。ブログ更新においてはスマホが中心的な位置を占めるようになるなど、PCの使い方、存在意義もこの5年ほどで大きく変わりつつある。5代目の導入を契機に、現状を見つめ直し、PCの運用スタイルを抜本的に再構築していくつもりである。


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↑今思えば、こんなビビッドなカラーの機種を買ったことも、非常に大胆な試みだった。


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