新職場百考(2)〜適応への道のり

新しい職場に出向してから、早1ヶ月が経った。正直なところ、この間に何をしていたか、あまり詳細に覚えていない。それほどまでに、今回の出向に伴う「衝撃」は強烈で、自分の心身に大きな負荷をかけることになった。

 

職場が変わったことによる具体的な変化は、取り上げればきりがない。というより、変わらない部分がないんじゃないかというくらいに、ほとんど全てが変わった。それぞれ、一つずつ記事にして語れるほどボリュームがあるのでここでは詳述しない。一例を挙げれば、人間関係、文書決裁の流れ、書類の書式、電話応対、利用者対応、施設内の部屋等の名前や配置、食堂や警備等の関係業者との対応、業務システムの使い方などなど、次から次へと出てくる。今まで当たり前に慣れ親しんできた前の職場のルールがほとんど一切通じず、新たなルールをゼロから覚えて、それを実践しなければいけなくなったのだ。これは突然日本語が通じない国に放り込まれるのと同じくらいの衝撃であり、非常に大きな「ストレス」であった。もっと若ければ、それでも体当たりで何とか適応できただろう。だが、なまじ12年間同じ環境にどっぷり浸かって、呼吸をするかのごとくほぼ無意識下に色んなことができるようになっていると、なかなか自分の中に染み付いたルールを書き換えることが難しくなる。そもそも多くのルールが「DNAレベル」で染み付いていたからこそ、仕事の効率を極限まで高めることができていたし、それに小さな達成感を得ることができていたのだ。それが一転、郵便の出し方や、利用者からの電話への対応など、一つ一つのアクションでことごとく引っかかり、他の人に訊いたり、資料を調べたりして時間を浪費するので、とにかく仕事が進まない状況に追い込まれてしまった。「効率化の鬼」を自負していた自分にとって、あらゆるルールを「アンラーニング」して書き換えなければいけないということは、ストレスであると同時に、拠り所としていた武器を失うことでもあった。

 

それに加えて、係長として求められる新たな役割も、自分に重くのしかかった。毎朝開かれる所長・次長・係長でのミーティングをはじめ、各種の会議では、係内の業務状況の報告を求められる上、係長としての見解も尋ねられる。今まではプレーヤーとして自分の所掌業務のことに専念していれば問題はなかったもの(当然周りをある程度見てはいた)が、今度は小規模ながらもマネジャーとして係全体に目配せして、状況を常に把握しなければならなくなったのだ。当然、分かりきっていた状況ではあったが、職場が変わった中でのこれを求められることは、想像よりはるかに過酷だった。基本的なルールにさえ戸惑っている中で、まだ過去の経緯はおろか全体像さえ分かっていない、係内の誰がどの作業を担当しているかもわからない業務に対して、「係長としてはどう思う?」と尋ねられて、明快な回答ができようはずもなかった。そもそも、会議の場で陪席者ではなく出席者として参加し、「事務局」としてではなく一出席者として意見を求められること自体が、ほとんど初めての経験だった。結局そこでは、不本意ながら「ひとまずその方向でいいと思います」「○○さんと同じ意見です」などと言ってお茶を濁すしか手立てはなかった。だが、思考停止と前例踏襲に異を唱え、忌み嫌ってきた自分にとって、これは屈辱と挫折以外の何物でもなかった。

 

このような状況から、自信を喪失し、自分は何者なのかというアイデンティティを見失い、ボロボロの状態に追い込まれたのが、最初の2週間の実態だった。出勤途上の車内で動悸がして、心がズシーンと重くなりお先真っ暗な気分になる日が何度もあった。これまでも嫌な仕事が頭を離れず、寝ても覚めても考えてしまうということはたまにあったが、それで出勤が嫌になるということはまずなかった。出勤そのものにストレスを感じる状況、しかもそれが連日続くということは、まさに非常事態だった。このときはうつ状態に限りなく近づいていたと思われる。

 

そうした絶望的な心境を脱する転換点となったのは、4月中旬に3日間の日程で行われた研修だった。東京で合宿形式で行われた研修では、全国の施設の新任係長等が50名ほど集まり、講義を受けたり、グループワークやディスカッションをしたりした。研修の内容は業務上の知識の習得につながったが、それ以上に重要だったのは、色々と話し合う中で、お互い自分と似たような心境だということが分かったことだった。これで気持ちが一気に楽になった。また、この頃から、バラバラだった知識のピースが徐々につながり始め、業務の流れが少しずつ理解できるようになってきた。これで「パズル」の全体像がなんとなく見え始めたことで、仕事に前向きに臨めるようになってきたのだ。こうして、精神的な危機からはひとまず抜け出すことができたのが、今の状況である。

 

前職のときのように、強い自信を持って業務にまい進し、成果を上げるには、残念ながらまだまだ程遠い状況だ。しかし、少しずつではあるが、日々前に進んでいる手応えはある。研修での話し合いが自分の助けとなったように、今後もネガティブな気持ちを一人で抱え込まないこと、自分を過度に追い込まないことが大切だと思う。書くことで自分を見つめ直し、気持ちを整理することがますます重要になってきていることも確かなので、ブログ執筆を通じた現状分析、自己分析を今後も続けていきたい。

 

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