新職場百考(1)〜着任初日

4月1日朝、標高約600mの山中にある某施設に、自分は係長として着任した。雪がまだ2m近くも残る、雄大大自然に囲まれた風光明媚なロケーションで、自然体験や宿泊体験等を通じて青少年が様々なことを学び、交流を深める研修交流施設。ここが、これから3年間の勤務することになる、自分の新たな職場だ。異なる独法間での定例の人事交流の一環であり、自分の12年間の職歴における初めての外部機関での勤務、そして平職員からの初めての昇任であった。これまでの経験が武器になるかどうかもわからず、係長としての研修も受けないまま、いわば「丸腰」の「体当たり」で新天地に赴くのは、なんとも心細く、どうにも落ち着いてはいられなかった。

 

勤務初日で慌てないよう、2日くらい休んで心身を整え、事前に十分情報収集をするなり、仕事や働き方やチームマネジメントやらの目標を立てるなりしてから、さあ行くぞ!・・・という感じで張り切って出勤するのが、おそらく理想的だろうと思う。ただ、着任前日まで、すなわち3月31日の年度末最終日まで前任の担当業務の残務処理に追われていたし、それさえも完全に整理できないまま時間切れで前の職場を飛び出してきたので、現実には新しい仕事に向けて心身を整えるどころの話では全くなかった。最終日とはいえ、「19時帰宅」のルールは絶対であり、定時後に自分のロッカーと机の荷物を手当たりしだいに袋に詰め、駆け足で車との間を往復しトランクに積み込む様子は、まるで火事場から逃げ出すかの如き慌ただしさで、自分の目指していた悠然とした最終日の姿とは正反対のものだった。そもそも最終日に仕事をするつもりはなかったのが、こうなってしまったのは、自分の「凝り性」が原因だった。後任者がなるべく困らないようある程度キリのいいところまで仕事を進めないと、という思いから、年度末で次々と舞い込んでくる案件を後任者回しにせず手を付けるものだから、身辺整理に一向に着手できなかったのである。また、引継書を「卒論」と称して微に入り細に入りで一から十まで書き込むあまり、60ページ近いものすごい分量になり、ボリュームがありすぎて推敲もできないまま筆を置かざるをえなくなった。引継書は3月の最終土日を「在宅ワーク」に充て、家族の不満を一身に受けつつ強引に書き上げた代物で、その2週間前に書き上げた別冊のマニュアルも含めると100ページに迫る大作だった。こんな後任者をドン引きさせる資料を作ったのは、後任者のためという目的をもはや飛び越えて、ほとんど自分の趣味の問題であり、自己満足のためであった。そして同時に、それは自分の担当業務への思い入れや自負の強さの現れでもあった。とにかく、最後のギリギリまで仕事をし続けてしまったため、心の準備が整わなかったとともに、色々な「忘れ物」をすることになってしまった。これまでに自分が工夫を凝らして作成してきたエクセル等の業務ファイルを回収しそびれてしまったし、勤務管理データを記録として出力するのも忘れてしまった。貸与端末のデスクトップに保存してあった作業途中のファイルや備忘メモ等も回収や削除をせずそのままにしてしまった。過去12年間使ってきた個人用ドライブ内のファイルだけはなんとか辛うじてバックアップしたものの、「もったいない精神」の塊のような自分にとって、これらの忘れ物をしたことはかなりショックで、しばらく後悔を引きずることになった。

 

そんなバタバタ状態ではあったものの、課内の同僚や職員バドミントン部のメンバー、同年代の職員を中心に、特にお世話になった人たちにはお菓子を配って回り、個別に会話することができた(勤務時間中だったので自分のポリシーとして時間休を取った)。また、思いがけず多くの人から送別のお菓子等をいただき、会う人会う人から激励の言葉をかけてもらった。そして、最終日の定時前に行われた課内の送別セレモニーでは、自分の率直な思いを(自分にしては珍しく)原稿なしで話し、形式ではない、本音の言葉で同僚への感謝を伝えることもできた。そう考えると、初めての転出のわりには、それなりにうまくこなしたほう、なのかもしれない。

 

そんな前夜の慌ただしさが尾を引き、前任の業務の引き継ぎに対する不安が拭いきれないまま迎えた着任当日。施設に到着したのは始業時刻の25分前だった。仕事カバンと手土産のお菓子を手に、緊張しながら事務室のドアを開け、挨拶。気づいた人に案内され、すぐに同じフロア内の所長室へ。そこで所長に挨拶すると、促されるまま会議テーブルに着席。新任・転任者の中では自分が一番乗りで、続々と自分と同じ立場の人たちがほかに5人入室してきたので、挨拶やら自己紹介やらでバタバタ。その後は、所長からの辞令交付(施設職員への任命、給与の級号俸が記載。出向を命じる辞令は前職場で受け取り済み)、職員全員が集合して自己紹介をする着任式、玄関前での集合写真撮影、各係から採用の書類関係や貸与される被服関係の説明…といった各種プログラムが息をつく間もなく展開された。最後に職員としての心構えや、組織の中期目標・中期計画等に関する所長からの研修で、午前中は終了。自席のPCにログインすらしないまま、昼休みに突入した。お昼は先輩職員の計らいで新任・転任者全員で施設内の食堂へ。食堂の利用方法の体験も兼ねつつ、昼食を取って少し一息ついた。解散後もまだ30分くらいあったので、自分は車から、前夜に机上の道具類をすべて放り込んだ買い物かごを回収。それを持って自席に戻ると、PCと資料だけのまっさらな机の上に、文房具や机上台、USBキーボード、ワイヤレスマウスなど、使い慣れた道具一式を次々と設置。自分が昔考案した机術に則って、またたく間に「コクピット」を復元したのだった。道具・文房具をすべて自腹で購入したものであるがゆえになせる技であった。座り心地のよくない椅子も、いずれ私物を買ってチェンジしたいと思った。そんなことをしているうちに昼休みは終わり、午後の業務に突入。午後は、所長の案内で、外部の関係機関への挨拶回りに行くことになった。真新しい名刺を持って、未だしっくりこない自分の役職名(○○係長)だけひとまず暗記。公用車で十数か所の関係先を回った。挨拶を受ける側になったことは過去に何度となくあれど、する側になるのは初めてのこと。今どきこんなことをするんだ、という驚きもあったし、こんなアナログなことを業務の中で行うことへの違和感もあった。ただ、晴天の下で屋外を移動するのは幾分か気が紛れたし、地元の人間でも初めて入る施設、場所をよく知らなかった施設を色々と知れたので、いい経験になった。何より、新任・転任職員同士で会話する時間が持てて親睦を図れたのがよかった。このご時世なので、歓迎会も開催しないだろう(過去2年以上、職場では人数に関係なく飲食を伴ういかなる会も開催されなかった)し、全体で20人ほどの少人数の組織とは言え、業務の中だけでは、なかなかすぐに全員と親しくなれるものではないだろう。そんな中で、挨拶回りの傍ら、こうした時間を持てたのは貴重だったと思う。そんなこんなで、施設に戻ったのは定時の17時直前で、すぐに勤務時間が終了。前任者(=自分のやっていた仕事の後任者でもある)が残していった書類や、決裁中の文書の山が気掛かりながらも、「今日は疲れたでしょう」と仰る所長に促され、残業はせずに退勤したのだった。

 

というわけで、新天地への着任初日は、文字どおり転職に等しい激変と衝撃に見舞われ、仕事らしい仕事は何もしないまま、それでいてぐったり疲れた状態で終了したのだった。スーツを上着・ネクタイセットで丸一日着ていたことによる肉体疲労もあるが、何より初めての環境で、はじめましての人たちに囲まれて、緊張しっぱなしで気疲れしたのが大きかった。それはすなわち、自分がこれまでの職場で、いかに気を遣わずに、素の自分をさらけ出して、勝手気ままに働くことができていたかという裏返しでもあった。その境地に早くたどり着けるように良好な人間関係の構築に腐心しつつ、組織の目的や目標、担当業務の実務内容や課題を正しく理解し、何より係長としてチームをまとめ、チームが成果を上げられるようきちんとマネジメントをしていけるようにすること。この3点を当面の大きな目標として、これからがんばっていきたいと思う。ただし、気を張って心に負荷がかかりすぎないように、くれぐれも気をつけながら。

 

※これから、新しい職場で出合ったこと、感じたこと、考えたことなどを、「新職場百考」というシリーズ企画として記事にしていきたいと思う。初回は丁寧に書いたたので執筆に時間がかかったが、タイムリーさが大事なので、今後は1記事1テーマで、簡潔にさくっと書き上げることを目指すつもりだ。果たして「100」まで続くのか、あるいはそれを超えるのか、自分でも楽しみにしているところである。

(200分)