春の憂鬱

3月に入り早1週間。平地の雪はすっかり消え、少し前まで雪原だったはずの田んぼも、今では茶色い土を露わにしている。アンダーシャツの上に長袖シャツ1枚を着ただけの姿で、ゴミ出しのため外に出た今朝。まったく寒さを感じず、むしろ暖かいほどの外気温を全身に感じ、はっとして立ち止まった。「ああ、これはもう完全に、春が来たな」と。

 

春は、事務職員にとって1年でもっとも忌むべき季節だ。なぜなら、年度末と年度初めという業務の繁忙期、そして定期異動の時期だからだ。自分自身もまさに今、年度末の荒波にもまれ、心身共に疲弊の極みにある。この1ヶ月で体重は3kg減り(より正確には、最初の1週間ほどで61kg台から58kg台に減少し、その後58kg台が定着)、持ち帰り仕事で睡眠時間は削られ、夢の中でも職場らしき光景や同僚が登場するなど、緊張状態が常に続いていて、先の記事の時のような心のゆとりは到底もてそうにもない状況だ。勢い、コーヒーによるカフェイン摂取が頻繁になるし、自分にとって疲れのバロメーターである「無意識に呼吸を止める癖」の発動回数も増える。「このままでは持たないな」と思いつつも、ネガティブなサインをできるだけ家族や同僚に気づかれないように、心配や不安を感じさせないように意識して、今のところは種々の問題・影響を自分のセルフマネジメントの範囲に収めるように努力をしている。年度末は無論、好まざる・好まれざる存在である。だが同時に、事務職員としての真価、底力が最も問われる正念場でもある。どんなに先延ばしにした仕事、頓挫しかけた仕事、他の人たちが忘れている仕事でも、年度末でしっかりと会議や決裁のプロセスを踏み、文書なり規程なり制度なりの「形」を整え、「区切り」をつけることができれば、最終的には完結・達成したことにできるからだ。年度末はピンチである反面、最後にして最大のチャンスでもある。ここでキレイに片を付けられるかどうかが事務職員としての腕の見せどころであり、事務仕事の大きな醍醐味でもある。困難だからこそ、燃える・・・そうした逞しさを持つ職員が多いほど、事務組織は盤石になると自分は考えている。

 

それはさりとて、この1年を振り返ってみて思うのは、「出向先の今の職場に、心の底まで適応するのは、どうやっても無理」ということだ。所掌している仕事の内容、役職上の責任範囲、仕事の回し方、人間関係などなど、日常的に負担感や問題点、違和感を覚える部分は今でも山ほどあるが、究極的にはこれらのストレスの原因は「適応不能」のただ1点に尽きる。つまり、「郷に入っては郷に従え」が実践できないから、無限のストレスを生み続けているということだ。「おかしいと思ったものを、自分の手で変える」という自分のポリシーを貫こうとすればするほど、仕事の負担は増えるし、かといってそれを諦めたら、職業人として最も重要な自分の矜持を失うことになる。そのジレンマから来るストレスのために、シフトが休日の日でも、心が休まることはない。1年経っても不適応なのが、今後劇的に改善することはないだろう。そう考えると、原則である「3年間の出向」はあまりにも長く、この先がただ苦しい日々にしか思えなくなってしまう。だから自分は、出向期間を3年から2年に短縮するほかに、もはや自分のメンタルを保つ手立てはないという結論に至った。今後、出向元の大学にかけあい、出向先の今の機関にも訴えて、それを実現したいと考えている。この年度末になって「4月で戻りたい」はどだい無理だし、そんな身勝手を言うつもりもない。たった1年で「放り出した」と言われるのも甚だ心外だ。自分自身、今年度やりかけや未着手のままになっていることを、もう少し時間をかけて形にしたい気持ちもある。だから、「あと1年」だけ頑張ることにしたいと思ったのだ。1年後はちょうど子供の小学校への進学の時期にも当たる。小学校に上がれば、保育園と違ってカレンダーの融通も利かなくなる。すでに破綻を来している今のランダムシフトの働き方を捨て、規則正しい生活リズムに復帰するには、必要かつ適切なタイミングだとも言えるだろう。現時点ではまだ何の目処も立っていない、自分の中だけの勝手な願望ではあるが、そういう見通しを持てば、だいぶヒビが入ってきた心の柱をもうしばらくは維持できそうな気がしている。

 

メンタルがダークサイドの引力に巻き込まれるか、形にする達成感が仕事への前向きを再び高めるか・・・。うららかな日差しの下、春の陽気に包まれる窓の外の景色とは対照的に、休日の自宅で一人、今日も自分はギリギリの戦い(在宅ワーク)を繰り広げている。

 

夕暮れ時、日に日に長くなる日照時間も、春を強く実感させる。

(90分)

平日スキーの愉悦

平日休みを利用してスキーを楽しみ、日帰り温泉に浸かって「命の洗濯」をした今日という日の愉悦は、夜になってもなお忘れがたい余韻を残している。

 

今朝の天気は朝から雪、しかしライブカメラで見た山の景色は青空。そこには昨日からの新雪がたっぷりと積もっていた。一番重要な妻の機嫌も珍しく良好だった。こんな絶好の機会をみすみす逃す手はない、次はもうないかもしれない…そう思って急きょスキーに行くことを決意すると、子供を保育園に送ったあとに一路、山へと車を走らせた。今回の目的地は、赤倉温泉スキー場。今シーズン2回目のスキーであり、久々の一人スキーだった。このスキー場は地元だが、これまでほとんど滑ったことがなく、初めてのゲレンデを滑るワクワク感、ドキドキ感を久しぶりに楽しめた。新雪のおかげで前回のスキーと比べて雪面のコンディションが圧倒的によく、圧雪エリアも非圧雪エリアも安心して自由に滑ることができた。自分の技術が向上したように錯覚するほど、スピードコントロールが自在に可能なベストな雪質だった。晴れ間は見えつつも、常に雪が舞い、気温が低かったのも幸いだった。ノンストップで滑り続けて十分満足したので、くたくたになる前に13時にはスキー場をあとにした。割引が適用されたとはいえ、3500円したリフト券を実質2時間ほど滑っただけで使い終えるのは、少々もったいない気はした。しかし、翌日も仕事なので疲れ果てるまで滑るわけにはいかないし、子供の迎えもあるから時間の制約は絶対だ。限界効用がプラスのうちに引き上げるのは、満足度という面で最も合理的な選択だった。

 

その帰り道、日帰り温泉のかわら亭を利用した。広々とした湯船に足を伸ばして肩まで浸かる、これだけでも普段のアパート暮らしでは叶わない贅沢な時間だった。それがスキー帰りとなるとさらに一段と体にしみるように感じられて、魂が浄化されているんじゃないかというくらいの極上のひとときだった。これでもう、いつ死んでも成仏すること間違いない、とさえ感じた(あくまで、その瞬間だけは、の話だが)。トータル1時間ほど滞在して帰宅すると、刹那の夢から覚め、いつもの家事育児に追われる日常に戻ったのだった。

 

こんな贅沢な休日もまれにあるが、たいていは仕事(持ち帰りリモートワーク)か雑事をしているとあれよあれよと終わってしまうパターンが多い。それゆえに一層、今日の輝きは際立っていたともいえる。あともう一花咲かせられたら、今シーズンのスキーはもうおしまいにして悔いはない。量より質、欲を出さないのが、三十代後半を迎えた「いい大人」の流儀というものではないだろうか。


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(60分)

初滑り2022-2023

今年もスキーシーズンが到来した。しかし、今シーズンも3年前とほぼ同じレベルの極端な少雪となっており、平地に微塵も雪が積もっていないのはもちろんのこと、ゲレンデの積雪量も非常に少なくなっている。新しい雪が全然積もらないので、当然雪質もよろしくない。気温が下がれば凍ってガリガリ、上がれば溶けてベタベタで、気温が高くて天気の悪い日にはゲレンデに雨が降ることもある。3月中旬以降ならまだ許せるが、1月の厳冬期にこれは、あまりにもひどいコンディションだ。地球温暖化による影響の顕在化、深刻な実害を痛感せざるを得ない。もはや「今年は異常」と例外視はできない状態だ。今後はこんなことが毎年のように続くだろう。

 

従って、今季の初滑りは「最高!」という感想とはほど遠いものとなった。大学入学共通テスト(旧センター試験)の週末明けの1月16日月曜日、転勤に伴い就職後初めて同試験の入試業務出勤がなかったことへの違和感を強く抱えつつ、友人と一緒に二人で向かったのは、自宅から最も近いスキー場である「ロッテアライリゾート」だった。再オープンしたシーズンである2018年以来、5年ぶりの利用だった。駐車場に到着してみると、外はしとしとと雨が降る最悪の天気。モチベーションはだだ下がりだったが、せっかく友人と休みを合わせてここまで来たし、県の割引キャンペーンで6000円の1日リフト券が4000円で買えたこともあり、心になんとか折り合いをつけて滑ることにした。ゴンドラとリフトを乗り継いでいきなりコースの頂上まで上がると、幸いにも天気は雪に変わり、うっすらと新雪も積もっていた。これは案外行けるかも、と思っていざ滑り出すと、新雪の下からカチカチのバーンが出現し、期待は一瞬でかき消された。板がズルズルとずれて制御が効かなくなってしまわないよう、足にぐっと力をかけてスピードを抑えつつ滑る形になり、かなり足を消耗してしまった。それに加えて、少雪とコンディションの悪さから、コースの半分程度は閉鎖状態だった。そのため、実質3時間ほど滑っただけで12時半に滑走終了。少々残念な初滑りとなってしまった。ただ、そんなコンディションではあったものの、やはりスキーそのものは楽しかったし、スキー場という非日常の空間で過ごすこと自体が、自分にとっては大切な気分転換の時間にもなったのだった。

昨シーズンは3回(うち1回は宿泊付きのため延べ4日)スキーに行き、初めて群馬のスキー場に行ったり、数年ぶりに志賀高原に行ったりと充実したシーズンだった。今季も3回を目標に滑りに行きたいし、そろそろ、めっきりご無沙汰の大学時代の友人たちとも一緒にスキー場に行きたいものだ。今週の寒波がもし山に大雪の置き土産を残してくれたら、ここらへんで一つ、彼らに連絡を取ってみるのもいいかもしれないな。

 

(40分)

機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争

年末年始の6連休中、大晦日から元日にかけて一泊二日でお隣り富山の温泉旅館へ家族旅行に出かけた。昨年度(2021-22年)に引き続き2回目となる「年越し旅行」だった。両日とも観光施設や飲食店は営業していないところが多かったので、初日にショッピングモールに立ち寄った以外は特段観光もせず、単純に行って帰ってきただけに近かった。また旅館では、ゆく年くる年はおろか、紅白歌合戦すらも見ずに21時には全員で就寝するなど、およそ大晦日らしからぬ過ごし方をした。それでも、去年は猛吹雪でできなかった神社での初詣ができたし、何よりただただゆっくりのんびり過ごせたので、満足度の高い、いい思い出になったと思う。

 

この旅行以外には特にこれといったこともせず、数年前から続けているこの期間限定の願掛け(断ち物)でアルコールは一滴も飲まず、自宅で子供の相手をしつつテレビを見たり段ボール工作をしたりしていたら、連休はあっさりと終わってしまっていた。「なんでもない日、おめでとう。」のスローガンの下に書かれた4年前の年始の記事の精神を忠実に守るのであれば、これは全く結構なことではある。しかし休日という風呂敷があれば、それをただ小さく畳んだまま済ませることができず、ついつい大きく広げて色んなものを詰め込みたがるのが自分という人間の性というもの(これも いきもののサガ か・・・)。年末年始云々という話とは別に、長い休みの使い方として少々の消化不良感を残したまま、昨日から仕事始めと相成ったのだった。そういう二重の意味で、年末年始という期間が、自分はどうしても好きにはなれないのである。

 

さて、仕事始めで1日出勤した直後の今日は、今年最初の公休日。雪が降る屋外に時折目をやりつつ、自宅のPCで溜まった仕事を処理・整理して過ごしている。といっても仕事の書類やファイルは一切持ち出してはおらず、頭の中でぐるぐるしている多くのタスクを交通整理し、資料や部下への指示書の形に加工してアウトプットしているだけなので、情報漏洩のリスクはない。ただし、持ち帰り残業の一種ではあるので労基法的にはよろしいことではない。趣味に没頭して仕事を忘れることではなく、仕事を処理して手放すことが最大にして唯一のリフレッシュというのは、全くもって精神衛生上不健全である。そんな中でのせめてもの息抜きとして、AmazonのPrimeVideoで視聴したコンテンツが、1989年発売のOVA機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」、いわゆる「ポケ戦」だった。1話30分で全6話のこのシリーズを最初に見始めたのが先月28日で、最終話を見たのが今日5日だから、ちょうど年末年始を挟む形だった。ポケ戦は自分が大学3年生だった2008年に初めて視聴し、きちんと見るのはおそらく今回が2回目。「嘘だといってよ、バーニィ」という第5話のサブタイトルが口から無意識に飛び出すほど記憶にしっかり残っていた、思い出深いガンダム作品だった。それゆえ、ガンダムとザクのモビルスーツ戦の末に、アルとバーニィとクリスに待ち受けていた悲しいラストシーンには、わかっていた結末ながら、いやわかっていたからこそ余計に胸を締め付けられ、苦しいほどの切なさを覚えた。主人公の少年がモビルスーツに乗らず、ストーリーのほとんどがスペースコロニー内の日常生活の場面で占められるという異色作ながら、戦争の不条理と愚かさを強く印象づける普遍性とメッセージ性を有する、数あるガンダム作品の中でも金字塔というべき名作だと改めて感じたのだった。この感動を抑えきれないあまり、ついに今年最初の記事として執筆してしまい、今に至る。

 

切なさの余韻が徐々に消えていく中、今でも頭の中を繰り返しよぎるのは、優しい歌詞と歌声が物語にマッチした、同作のOPテーマ曲「いつか空に届いて」と、EDテーマ曲「遠い記憶」だ。特にOPは、見始めて最初に聴いた瞬間に、懐かしさと切なさのダブルパンチに心がKOを食らってしまった。今後数日間は、この2曲がリフレインし続けることだろう。

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(70分)

新職場百考(3)〜シフト勤務の弊害

今の職場に出向して早8ヶ月半もの月日が過ぎた。もはや「新職場」という言葉を使うには賞味期限が切れているような気がしないでもない。だが、出向に伴う劇的な環境変化について、これまで十分に語ってはこなかったし、いまだに深い悩みの渦中にいるので、もうしばらくこのタイトルで現状分析を行なっていきたいと思う。

 

職場が変わったことによる最も大きなインパクト、それは「シフト勤務」になったことだ。職場は土日祝日関係なく年末年始の6日間以外は毎日(つまり年間359日)営業しているので、全ての日に職員を配置するには、シフト勤務にせざるを得ない。そのため管理職を除く全ての職員は、1ヶ月(厳密には4週間)ごとに「8日+祝日分」の休みを土日・平日ごちゃまぜで割り当てられることになる。いわゆる「土日祝日」分に当たる休みのことを、職場では「公休日」と呼んでいる。今までなじみのなかった言葉だが、シフト制の業界ではおそらく一般的に使われているのだろう。保育園に通っていた頃から30年以上もずっとカレンダーどおりの土日休みを続けてきたのに、突然「不定休」になったのだから、戸惑わないほうが珍しいだろう。当然事前に知っていたし、覚悟はしていたのだが、現実は想像より遙かに過酷だった。シフト勤務によって生じる問題がいかに多く、かつ困難を極めるか、以下に取り上げてみる。

 

(1)周期性がない「完全ランダムな休日」で、生活リズムが崩壊
事前のイメージでは「土日休みと平日休みが半々くらい」だと思っていた。だが、フタを開けてみるとそんな労働者目線の配慮は一切なく、全くのランダムだった。例えば6月の休日はこんな状況だった。

6月3日(金)、6月4日(土)→6月8日(水)→6月13日(月)、6月14日(火)→6月17日(金)→6月20日(月)→6月24日(金)→6月27日(月)

土日休みだったのは1ヶ月で1日だけであり、連休だったのも2回だけ。2日休んで3日出勤し、次は1日休んだら4日出勤といった感じで、リズムも何もあったものではなかった。これは日ごとの施設利用者数に応じて出勤者数を調整しているためで、業務量が利用者数に比例することを考えると、それに振り回されるのはやむを得ない部分も確かに理解はできる。しかし、労働者の健康という側面から考えるとあまりにも問題が大きい。これでは生活リズムが乱れるし、1日だけの休みでは心身の疲れを取るには不十分だ。実際、曜日感覚がなくなって困ると話す職員は少なくない。また、以前は土日休みと平日休みを2週間周期で繰り返す、より健全に近いシフト体制だったらしいが、いつの間にか形骸化して、このようになってしまったという話も聞いた。さらにたちが悪いのは、この合間に宿直勤務が挟み込まれることで、6月は3回の宿直があり生活リズムが乱れに乱れた。シフト勤務が非常に深刻な問題を抱えていることを、出向して早々に思い知らされることになったのだった。

 

(2)ランダムなシフトのせいで、家族との時間がとれない
こうしたシフトでも、独身者など、本人の生活リズムだけの問題であれば、まだ話は単純なほうだ。より深刻なのは、自分のように小さい子供のいる家庭の場合である。これまで、土日は完全に自分が子供の面倒を見て、妻は昼寝したりスマホをいじったりして1日過ごすという分業によって家庭内で絶妙な均衡状態が成り立っていた。だが、自分が土日とも出勤、しかもそれが複数週連続でとなると、子供の世話の負担が一気に妻に集中することになり、この均衡はもろくも崩壊した。土日の片方は保育園に預けるということもできるのだが、いずれにしても1日は妻が見ていなければいけないので、妻の不満は一気に上昇し、「こんなことになるなんて話は聞いてなかった」と妻の怒りが爆発することになった。その矛先は当然自分に向かうので、生活リズムの乱れで疲労した身に、妻からのミサイルが直撃してさらなるダメージを被る悪循環に陥った。「こっちだって聞いてない」と反論したところで、火に油を注ぐだけ。とにかく非難を受け止めて謝るほかに手段はない。土日に出勤が続く場合は「土日に年休」を取って強制的に休みに変更することで、保育園の行事に参加したり、子供の相手をしたりと、悪循環を緩和する手法を採用したほか、妻も妻で子供に自由に動画を見させたり、食事は外食にしたりすることで土日の過ごし方が定着してきたので、ひとまずこの問題は徐々に鎮火してきつつはある。ただ、それでも突発的に炎上することがあるので、土日出勤の日は気が気ではなく、家に帰るまで(より正確には妻が寝るまで)とにかく神経を遣う。

 

(3)自分が休みでも、職場は休みではない
さて、視点を休む側から、働いている側に変えてみると、自分が休日でも、職場は常に営業していて、自分の係でも誰かしらが出勤している、という事実に気が付く。それはすなわち、係長である自分が不在の日でも出勤者同士で協力・工夫して自律的に仕事を回してもらわなければならないということである。そして、その中には当然トラブル対応も含まれるわけで、休み明けに出勤した直後に前日に起きたトラブルの話を聞かされ、処理を委ねられると、朝からがっくりと気が滅入る羽目になる。それでなくても、休み明けには机上に不在中に回されてきた決裁書類の山ができていることが少なくない。そのため、休み明けは常に気が重く、通勤時に車のハンドルがやけに重く感じることも少なくない。また、自分が3日以上の連休に入る前には、その間に出勤する職員にどのように仕事を割り振りするかを考えて、書面で指示や引継ぎをしておくことも必要だし、係内の全員が揃う日がほとんどないので、休んでいる人にも伝わるよう日常的な情報共有には口頭だけではなくチャットツール(Microsoft Teams)を使う必要があるなど、土日休みの職場に比べて何かと余計な手間のかかる部分が多い。部下に仕事を頼もうにも休みで頼めなかったり、お互いの出勤日が合わなくてなかなか進捗が確認できなかったり(部下と1週間会えないこともザラにある)、原議書を起案しても決裁が中々回らなかったりと、シフト制で仕事を回す不便さを挙げればきりがない。何より、「今日も何か起きてるんじゃないか」と気になってしまい、公休日でも仕事のことが頭から離れないというのが、最も深刻な問題である。これも、係長として配属されたがゆえの深い悩みであり、係員だったらあまり縁はない話だろう。同じ大学職員組でも、係員として配属された出向経験者にはピンとこず共感してもらえないので、誰かに打ち明けることもできず、一人で悶々とするほかない。

 

このように、シフト勤務には肉体的にも精神衛生上でも深刻な弊害があり、自分は現在進行形でその影響の最中にある。この状況から真の意味で抜け出せるのは、元の職場に復帰する予定の2年半後ということになるが、それまでひたすら耐えるのでは到底身が持たない。そのため、係長の立場でできるいくつかの改善策を試みている。たとえばこんなことがその一例である。

・これまで「係長の専任事項」となっていた定型業務の一部をほかの常勤職員に委任し、不在中に担当してもらう。(不在中も仕事が処理されるので、休み明けにたまっている書類の量を減らせるし、業務の属人化を低減する点でBCPにもつながる)
・シフト調整の一部に関与し、月の土日の半分程度は休みを取れるように試みる。(ただし、後から組み替えられることも多く、十分な成果は上がっていない)
・シフト調整時に、係内の常勤職員が一人だけになる日はなるべく作らないようにする。(常勤職員が一人だけだとその人が年休を取りたくても取れないし、突発的な事態で休まざるを得なくなるとシフト調整が必要になるので、自分が該当した場合にそういう事態をなるべく避けられるようにする。また、部下と会えない日をなるべく短くする)
・3連休以上の公休日を原則入れないようにする。(仕事のことが気になって休むに休めなくなることを防ぐ)

そもそも、こうした諸問題を解決するにはシフトをやめることがベストであることは間違いない。しかし、組織の業務運営の大前提を覆すことになるので、それは無理というものだ。手を変え、品を変えながら、シフト制という「宿痾(いつまでも治らない病気)」と戦う日々をこれからも続けていくことになりそうである。

 

(150分)

雑感:2022/11/30

気がつけば、11月も最終日。明日から師走、12月である。丸1ヶ月もブログを更新していなかったことから、慌てて何か書こうと思って振り返ってみたのだが、この間に何をしていたのか記憶を辿ってみてもこれといって思い当たる出来事がない。仕方なく日記をめくってみたら、辛うじてこんなことがあったことを思い出すことができた。

 

・10/30〜11/2まで仕事で鹿児島県鹿屋市の施設に出張。初めての鹿児島の地を踏んだ。羽田空港から鹿児島空港まで空路で移動。飛行機に乗ったのは新婚旅行以来6年ぶりで、満員の乗客に今がコロナ禍であることを忘れそうになった。一方で、施設にずっと缶詰め状態で研修を受けたので、観光する時間も地元グルメを味わうこともほとんど皆無。唯一、移動のバスの車窓から桜島を見たのが鹿児島を実感した要素で、仕事とはいえ少々残念な旅となった。

 

・メインPCの旧機種から新機種への移行作業が進み、ほとんどのことは新PCでできるようになった。簡単にどこでも持ち運べて、バッテリーの持ちもよく、OSもアプリも一瞬で起動するので、PCの使用機会が劇的に増えた。

 

・鹿児島出張のついでに3年ぶりに友人HS氏と会うことになり、東京都内で10/30夜に会食。友人と会って話すことの楽しさと大切さをしみじみと噛み締めた。その後も、11月末に電話で1時間話すなど、日常的にやりとりを再開する契機となった。コロナの終焉を待っていたら永遠に実現できなさそうなので、今後はほかの友人たちとも機会があれば積極的に会いに行くべきだなと強く思った。

 

・子供写真を使った恒例のカレンダーを今年も製作。ネットで注文し、宅急便で今日納品された。自分と妻の実家の両親に壁掛けタイプをプレゼントとして配るほか、職場で自席に置く卓上カレンダーも作り、自分たち夫婦でも使っている。帰省時の手土産に持っていくと喜ばれるし、カレンダー用に使うことを意識しながら日々の子供の写真を撮ったり、多くの写真の中からピックアップしたりする作業も自分にとって楽しみとなっているので、デザインにかかる手間と時間は全く苦にならない。次なるミッションは、子供の写真を使った年賀状作りである。

 

とまあ、主だった出来事は、せいぜいこのくらいであった。仕事は絶望的に遅延・停滞していて、オンオフを問わず常に頭から離れないし、夢の中でもうなされるほど(妻の話によれば睡眠時に無呼吸状態になっているらしい)なので、心身の疲労度が半端ではない。労働時間がそれほどでもないにも関わらず、いやむしろ以前よりも残業が難しくなったからこそ、「あれもこれも片付いていない」という状態による心理的なダメージが危険水域に達している。常に体調が悪く体が重いし、呼吸は浅いし、心もふさぎ込みがちなので、いつストレスでぽっくり逝っても何の不思議もない。趣味やスポーツではこの状態は緩和できず、仕事を前に進めることが最大のストレス解消になるという皮肉でイカれた状況にある。12月はこの八方塞がりの渦中から脱するべく仕事を進展させたいし、できれば書くことで自分を見つめ直す時間をもう少し持ちたいと思う。

 

とりとめもなく、オチもないが、頭が回らないので本記事は以上。立て板に水のごとく短時間でスラスラと書かれた過去記事と比べると、今の苦し紛れの文章に書くスキルの大幅な低下を感じざるを得ない。それが何とも悲しい。

 


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↑鹿児島出張中に見えた桜島。いつか必ず個人旅行でもう一度眺めたいと心に堅く誓った。

(60分)

登山:黒姫山(2022/10/14)

10月14日(金)、友人と二人で長野県北部の黒姫山(2053m)を登ってきた。シフト勤務の者同士、互いの休日が重なる日を何度か調整し、やっと実現した登山だった。

 

自分にとっても、友人にとっても初めて登る山だったので、戸隠まで行く道路の途中にある一番メジャーな登山口、大橋林道入り口から登り始めた。日帰り登山は日の出とともに登り始めるのが鉄則中の鉄則なのだが、今回は平日で子供の朝の身支度を済ませてから家を出たため、登山口を出発したのは8時45分頃とかなり遅かった。そのため、いつにも増して時計を細かくチェックし、足の運びもハイペース気味になった。それに拍車をかけたのが、一般的な山でよく見かける「○合目」の標識が、この山では(少なくとも自分が通った登山道では)全く設置されていなかったことだった。あとどれくらいで山頂なのかの目処がつかなかったので、ペースが立てづらかった。とはいえ、天気は秋晴れ、日差しも心地よく爽やかで、ちょうど木々の紅葉が進みつつある時期だったので、森の中の景色は素晴らしかった。また、所々急登もあったものの、基本的には緩やかで歩きやすく、ハイキング感覚で気持ちよく登山を楽しむことができた。標高が上がるほどに紅葉は色濃くなり、尾根に出て視界が開けたらさぞかし絶景が・・・と期待したのだが、次第に周囲にガスが立ちこめていき、尾根に出た頃には完全に濃霧に覆われてしまった。濃霧は山頂まで到達してもとうとう晴れることはなく、残念ながら野尻湖斑尾山を見下ろすことは叶わなかった。途中ですれ違った登山者によれば、自分たちが登頂する少し前までは見事な眺望が広がっていたらしく、その点では出発が遅れたことがやや悔やまれた。ただ、山頂での「お約束」であるカップ麺とドリップコーヒーは今回もしっかり味わえたし、また一つ新しい山に足跡を残すことができたので、満足度は総じて高かった。

 

下りは一度も休憩をすることなく一気に駆け下りた結果、13時半過ぎには登山道に戻ることができた。予想外に時間が残ったので、戸隠経由で飯綱高原にある日帰り温泉に立ち寄り、長湯に浸って登山の疲れをじっくりと癒やした。家では子供とともに慌ただしく入浴を済ませるので、湯船にのんびり身を沈めるのは、ただそれだけで格別なひとときに感じられた。こうして、「温泉付き登山」という贅沢な時間を満喫し、心身ともにリフレッシュして、充実した休日を過ごすことができたのだった。ついでに、帰宅後の妻の機嫌も上々で、ほっと胸をなで下ろしたのも忘れてはならないポイントだった。終わりが良くなければ、どんな充実した一日も台無しになってしまうというものだ。

 

今シーズンは、これが最後の登山となった。登ったのは南葉山、妙高山黒姫山の3峰のみだったが、山の中で友人とともに過ごす時間や、登頂時・下山時の達成感はいずれも格別で、回数以上の価値があったと思っている。登山ができる機会は多くはないが、その分1回1回を心の底から楽しめるように、家庭と自分自身のコンディションをその日に向けてしっかり整え、大切にしていきたいと思う。それは、これから来るスキーシーズンにもそのまま当てはまることだろう。

 

【登り】2時間25分
【山頂滞在時間】40分
【下り】1時間45分
【トータル】4時間50分



(90分)