あの日から

2011年3月11日の東日本大震災の発生から丸10年の節目を迎えた。地震津波そして原発事故と、大規模かつ複合的な災害が次々に起こり、自分の世界観が一気に塗り替えられるほどの衝撃を受けた出来事だった。あの日の14時46分を境に何もかもが変わったといっても過言ではない。テレビで延々と報じられる甚大な被害の映像と、時間の経過とともに増え続けるおびただしい犠牲者数に圧倒された自分は、まるで異次元空間に放り込まれたような気分に苛まれ、もはや永遠に以前の日常は戻らないのではないかと本気で考えていた程だった。そのショックをきっかけにして、その後、被災地復興への支援について、自分は信念を持って取り組むようになった。2012年、2013年と宮城県津波被災地を訪問し、更地になった石巻市の市街地跡を実際に歩いたりして被害の爪跡を目に焼き付けたほか、被災地の東北3県の産品をネット通販で毎月買う活動も5年間続けた。震災に関するNHKのドキュメンタリー番組や書籍にも積極的に目を通した。そんなふうにして、被災地に心を重ねることを強く意識してきたつもりだった。

 

しかし、10年の歳月は、そうした鮮烈な記憶や強い信念さえも、いつしか忘却の彼方に追いやってしまった。津波の映像を見たり、犠牲になった人たちのことを考えたりすると今でも胸が苦しくなるが、日常生活の中でかつてのような被災地への思いを取り戻すことは難しくなってしまっている。被災地も、自分自身も、状況は少しずつ、確実に、日々変化していく。記憶と思いの風化は、どうしても避けられない事実だ。

 

だからこそ、今改めて胸に刻みたいことがある。それは、災害はいつ自分の身に降りかかるかわからない、明日は我が身なのだ、という危機意識を持つことの大切さ。そして、万が一自分と家族が被災したときに身を守るための備えと、そのときに周りの人にも手を貸せる強さを持つことの大切さである。震災を過去として振り返る限り、どうしたって風化は進む一方だ。それよりも、常に次の災害に目を向けて、「自分ごと」としていざというときに取るべき行動を考え続け、備え続けるほうが、建設的で理に適っていると言えるはずだ。そして、そうした思いと行動を一人ひとりが積み重ねることこそが、社会全体の防災、減災につなげるための近道にもなるのだと思う。

 

節目節目に過去の多くの震災の被害に思いを馳せ、その教訓に学びつつ、視線はしっかりと前に向ける。そんなスタンスを基本とすることを再確認して、自分の「3.11」から10年の心の区切りとしたい。

 

(50分)