洗礼

前日に引き続き、澄み切った青空がどこまでも広がっていた今日は、まさに絶好のサイクリング日和だった。こんな日に家の中に閉じこもっていたら絶対後悔する・・・そう思って、9時20分にロードバイクで家から駆け出した。


●金谷山ボブスレー
15日に開通したばかりの山麓線(県道63号線)の新区間をハイスピードで走り、まず向かったのは、日本スキー発祥の地である金谷山にあるボブスレー場だった。ボブスレーの1回無料券を入手したので、使わないともったいないと思って来たのだった。金谷山自体はたまに来ることがあるが、ボブスレーをするのはおそらく小学生の時以来、十数年ぶりのことだ。リフトが動いていないので一瞬休みなのかと思ったが、ボブスレーで下りてくる親子連れが見えたので、お客が来た時だけ動かしているのだと気付いた。それほどに閑散としていたのだった。ボブスレーは、子どものころにすごく楽しかった記憶があり、ソリに乗って操縦の説明を聞いている間は、少し思い出に浸っていた。ただ、子どものころの楽しい思い出というのは、所詮、子どもだったからこそ楽しめたものでしかないのだ。大人になった今滑ってみると、コースは短いし、スピードも出ないし、さほどおもしろくもなかった。まあそんなものだろうなと予想していたので、特にがっかりもしなかった。とにかくこれでノルマは達成したのだった。








暑くもなく、寒くもなく、日に当たっているとぽかぽかと暖かくて、とても気持ちがよかった。思わず草っぱらに仰向けに寝転がって、両手両足を思い切り伸ばしたくなるような、そんな心地よさがあった。何だかふと「こんな気持ちのいい天気の日に死ねたら、本望だな」なんてことを思った。別に今すぐ死にたいと思っている訳ではないが、もし自分が死ぬ日を選べるならこんな日がいいと思うのだ。


高田公園
金谷山から下った後は、目的のない気まぐれなサイクリングとなった。今までに通ったことのない道を通って自分の脳内地図を更新したり、入ったことのない飲食店を見つけて要開拓店リストに追加したりしながら走った。そうしているうちに、高田公園にたどり着いたので、ここで一休みすることにした。


お堀沿いのベンチに腰掛けると、缶コーヒーを飲みながら、休憩時のお供にと持参した弱虫ペダル32巻を読んで、しばしまったりした時間を過ごした。赤黄色く色づき始めた木々が、秋の深まりを告げていた。


上越妙高駅脇野田駅
家に帰ろうかどうしようかと思って、上越大通り(県道579号線)を南下していると、上越妙高駅の近くを通りがかった。ふと、駅のほうを見ると、人が大勢集まっている。何やらイベントをやっているようだ。一度は通り過ぎたが、気になったので引き返し、イベントを覗いてみることにした。イベントは「上越妙高駅 鉄道まつり」というものだった。北陸新幹線上越妙高駅と併設された信越本線の新しい脇野田駅の駅舎が今日から供用を開始したのに合わせて、開催されているようだった。ただし、この駅舎を脇野田駅と呼ぶのは来年の3月13日までで、翌日3月14日に北陸新幹線が開業すると、信越本線第3セクターに移管され、駅の名称も新幹線駅と同じ上越妙高駅となる。ちょっとややこしい話である。イベントでは、地元のB級グルメが販売されていたり、子ども向けに新幹線を模したミニサイズの乗り物に乗ることが出来たりといったことがされていた。駅の中も部分的に開放され、入ることが出来るようになっていたので歩いてみた。エントランスが吹き抜けになっており、東京駅のドームを想起させた。連絡通路を東側から西側に渡って、西口の外に出てみると、ロータリーが整備されていた。周囲はまだただの空き地が広がっているだけだが、そのうち店舗が開業したりするのかもしれない。でも個人的には、このまま何もないほうが妙高の山々がよく見えていいのではないかと思った。駅をさっと眺めて満足した後は、再び家に向けて走り出した。途中、いつも見かけてはいたが入ったことのなかったラーメン屋で、チャーシューメンを食べ、空腹を満たした。



脇野田駅の旧駅舎。11月上旬に取り壊される。

↑昨日まで使われていた旧線の踏切。今日からはノンストップで通過できる。


















サイクリングを終えて、家の前にたどり着いたときには、13時20分になっていた。家に近付いたところでビンディングを早めに外すと、残りの距離はビンディングがはまらないように軽くペダルを踏んで走った。そのつもりだった。そして、家の敷地内にある納屋の前まで到着して、さて左足を着こうとしたとき・・・足が出なかった。右足も動かなかった。両足とも、ビンディングが再びはまってしまっていたのだ。マズい!と焦るが、さっきまでは簡単に外れていたビンディングがなぜか外れない。ああー!と心の中で叫びながら、納屋の扉の前で為すすべもなく左側に転倒。これが自分が初めて、ビンディングシューズの宿命である「立ちゴケ」の洗礼を受けた瞬間だった。とっさのことだったので、車体を守ることは出来ず、ブレーキレバーが少し削れ、バーテープが少し破けた。ただ不幸中の幸いと言うべきか、後で確認したところ、新品のシューズにはほとんど傷は着いてなかった。車体とシューズの心配をした後で、ようやく自分の体のほうを確認してみる。左ひざに指先でそっと触って確認してみると、案の定出血していた。転倒した以上は仕方のないことだったが、これも幸い軽傷ですんだ。傷の処置もあるし、すぐに立ちあがろうとしたのだが、ここでもやはりビンディングがなかなか外れない。転んだ状態だと外れないのだと知った。車体の下になっている左足はもちろん、右足も外れない。納屋の前で転んだまま情けない姿を晒すこと約2分、ビンディングを外すのを諦め、靴を脱ぐことにして、ようやく転倒状態から脱することが出来た。家の前だったからよかったものの、これが街中の交差点だったら、もう目も当てられない事態だった。公衆の面前で、倒れたままシューズを外そうと奮闘している図を想像すると恥ずかしくて死にそうになる。立ちゴケ自体はアンラッキーなことだが、初めてのそれが家の前だったのはラッキーだった。サイクリストとしての階段を、また一つ上がった気がした出来事だった。

(80分)