昼休みの愉しみ(バドミントン その2)

正午、12時00分。午前の業務時間の終了を告げるチャイムが鳴ると、自分は急いで昼食を食べ始める。バドミントンに向かうためである。近頃の昼食は、もっぱら「おにぎりプレート」だ。280円で、おにぎり2個とみそ汁、小鉢が付いている、学食の出前の中で最も安いメニューである。量は少ないが、これくらいでないと、素早く食べ終えることが出来ないし、腹が重たくなって運動するのに支障をきたしてしまう。小鉢は学食で提供されている90円のものの中から選べるのだが、大根おろしとか、ほうれん草のおひたしとか、1品だけのおかずとしてはいまいちなものが多いので、今のところ写真の野菜炒めしか選択肢がない状態である。この小鉢のおかげで、最低限度の栄養バランスは保てていると思う。



10分ほどで昼食を食べ終え食器を片づけると、事務室の一角に置かれた自分のロッカーへ向かう。ここで上着やネクタイ、職員証を外し、ロッカー内からラケットと内履き、運動着を取りだすと、事務室の外へと駆け出していく。向かう先はもちろん、大学の体育館だ。建物伝いに向かうことも出来るが、ショートカットのため一度屋外に出て、中庭を通って行くようにしている。雨のときは傘を差さねばならないが、一刻も早く行くためにはその手間もやむを得ない。といっても、小走りで1分かからない程度の距離である。


体育館にはシャワーを備えた更衣室があり、ここでスーツから運動着に着替える。たいていここでサッカーなどをする他の職員とはち合わせることになるが、たまに学生の姿を見ることもある。運動着は、ハーフパンツ、Tシャツ、スニーカーソックスの3点だけ。この時期には明らかに寒い格好だが、動き出せばすぐ汗が出てくるのでこれで問題はない。運動着は当然毎日持ち帰って洗濯しており、出勤時には仕事カバンとは別にもう一つバッグをぶら下げて歩くのがすでに習慣化している。


身軽な格好になって、ようやく体育館のフロアに入るのは、12時20分前ころ。すでにバドミントンをする他の職員がネットを張って練習を始めているところである。「お願いしまーす」などと挨拶しながらコートに駆け寄ると、この職員バドミントン部を主催している財務課長から「遅いぞ!」という声を返されるのがお決まりとなっている。バド部といっても、別に大学が認めている組織だとかいう訳ではなく、部員も確定している訳ではない。もちろん他機関などとの交流試合等もない。あくまで有志が昼休みに集まってゲームをするだけのゆるい集まりとなっている。何せ、活動を開始したのは今年の8月ごろと、まだ歴史が浅い。財務課長が自分の課の職員に声をかけて始めたことから、今のところ毎日集まるのは課長を含めた財務課の人と自分くらいなものである。活動の周知と参加人口の拡大が目下の課題と言えるだろう。そんなこんなで、2分ほど準備体操をしてから、コートに入って羽根打ちに加わる。ドライブやクリアを数分打って体を動かすのだが、これは準備運動や練習というより、人が集まるまでの暇つぶし的な側面が強い。人が集まった場合は、すぐに切り上げ、ゲーム(試合)を始めることになる。


昼休みは実質30分くらいしかプレイできないので、ほとんどゲームしかしない。たいていは4人でダブルスをするが、人数が足りないときは2対1で試合をすることになる。その場合、シングルになる人は相当ハードな運動量を強いられることになる。ダブルスは11〜21点のマッチポイント制である。小中学生のときに基礎からみっちり叩きこまれた自分と我流ながら15年超の経験のある課長を除けば、参加している職員は基本的には課長に巻き込まれて始めた初心者だが、「こんなのはお遊び」という課長の表現に反して、結構真剣かつハードなゲームが展開される。昔取った杵柄というやつで、フットワークやラケットワークについては無意識に体が動くところがあり、過去に練習して身に付けたものは体に染みついているものがあるようだ。しかし、バドミントンのゲームにおいては、身体的な技術は半分を占めるに過ぎない。もう半分を占めるのは、どこに何を打つかという思考における技術である。身体能力に顕著な差がない場合は、思考技術が雌雄を決することになる。すなわちバドミントンのゲームは頭脳戦なのであるが、自分はこの思考技術が全然未熟なのである。相手コートのがら空きになっている部分にシャトルを打ち込むとか、素早い球の打ちあいになっているところであえて遅い球を返して相手のリズムを崩してミスを誘うとか、そういった判断が瞬間的に出来ないので、なかなか点を取れないのである。そういうことも昔は教わったはずなのだが、知識的な要素というのは粗方体から抜けてしまったようで、アドバンテージはないのである。またそもそも、技術面においても、ミスショットを多発している状況なので、こちらにおいてもアドバンテージを発揮できているとは言い難い状態である。情けないことで、課長からは「下手くそ!」としょっちゅう叱責されているだが、皮肉にも自分が大して強くないおかげで、誰と誰がペアを組んでもスコアに顕著な差が生まれず、自由にペアが組めるという利点を生じている。チャンス球でスマッシュを打とうとしてネットに引っかけたりアウトにしたりするなど、今のところ自爆を連発している自分だが、チャンスで力んでしまうのがどうやら失敗の原因なようなので、どんなときも落ち着いて球を打てるようにするのが目下の課題である。


ショットの成功と失敗に一喜一憂ながら、わいわいとゲームをして盛り上がったきたところで、時計を見ると12時45分になっている。「面白いのはここからなのになぁ」という思いを抱きつつも、片づけを始めることになる。汗だくの頭をタオルで拭いつつ、各自でネットを畳んだり、ポールを片づけたり、コートのモップがけをしたりする。自分は主にモップがけを担当している。コートを撤収し、ぞろぞろと更衣室に移動すると、服を着替えながら今日のゲームの反省会が始まる。課長は歯に衣着せない物言いをするので、ここで自分のミスに対する厳しい指摘が飛んでくるのだが、それは悪気があって口に出されるものではなく、あくまで自分を鍛えるための指導であり、一見して辛辣な言葉も、課長なりの冗談だったりする。「ゲームに負けて悔しいと思わなかったらダメだ」といった至言も少なくない。そういった言葉に接すると、もっと練習して強くなりたいという思いが沸いてくるのである。心の片隅でそういった決意をしつつ、全体として和気藹藹としたムードでバドは行われる。そして体をほぐし、心身ともに身軽になったところで、事務室に戻り、13時から再び業務に取り掛かるのである。とても楽しいし、気分転換や運動不足の解消にも大いに役立っている。昼休みが楽しみになったことで、今は毎朝元気に出勤している。バドをすることが、娯楽として楽しいのみならず、仕事に対しても非常にプラスの影響を及ぼしている。これはとても素晴らしいことだ。課長は転勤職だから来年か再来年にはまた他大学へ行ってしまうだろうが、例えそうなっても、今度は自分が主体になって今の活動を引き継いでいくつもりである。そうした覚悟をもつくらいに、今の自分にとって、昼休みのバドは欠かせない習慣となっている。いずれは職員の運動部として確固たる地位を築き、他の団体とも交流したいし、そのためには自分がもっと強くならないと・・・。自分の中に密かな野望が膨らみつつある。

(115分:12/14)