些末な話

これは昨日の夜の話である。


自分は昨日の午後、ある不手際をしてしまった。仕事の内容に関わるので詳しくは述べないが、それはすべきだったことが実行されていなかったことによるもので、いわば「不作為の過失」が表面化したのである。これは自分が不審に思って、きちんと細かく確認していれば防げたことだったのだが、全くそのことには思いが至っておらず、大学の教員からの指摘を受けて初めてそれに気付き、間もなくその事態の重さを認識したのだった。それで上司に相談したところ、方々に電話をかけたりしてくれて、上司の手を煩わせることになってしまった。結局、昨日の段階では何も解決せず、ほとんど途方にくれていた状態ではあったのだが、露骨に怒ったりもせず善処してくれた上司に対しては、全く頭の下がる思いで感謝していた。教員と事務の間の問題なので、よそに迷惑をかけるわけではないのだが、自分の注意不足に少し落ち込んだ。


ただ、ここで問題にするのはその後のことである。そのゴタゴタの関係で長引いた仕事を今日のところは一旦打ち切ることにして、19時過ぎに帰ろうと思ったとき、自分は上司が発した言葉に一瞬動揺した。「今日は遅くなっちゃったから、超勤つけとこうか。17:15〜18:15の1時間だね」。え、何で?今は19時になのに、と思ったが、自分はそれに従って超勤簿を書いて出した。軍の狗である国家錬金術師のように、命令に対して一切反論せず、受けた指示通りに書いて出した。だが、心の中にもやもやした、違和感のようなものは残ってしまった。


正直言って、少しばかり残業していたのを「なかったことにする」こと自体には、自分は反対しない。就業時間中に、目薬を差したり、飲み物を飲んだり、トイレに行ったり、スパムメールを削除したりしていることを考えれば、1時間や2時間くらいのロスはあるかもしれないから、サビ残してその分を穴埋めして基本給分しっかり働くというのは、上司から強要されたのでなく個人的な良心からの行為であれば、別に問題ないと思う。自分自身、勝手に「業務日誌」をつけていることから、それを書くという余計なことをしている分を埋め合わせするという意図で毎日コンスタントに1〜1.5時間居残っている。それは自分で勝手にやっていることだからいい。だが、人からそれに近いことを要求されるとなると、表面上はともかく、心の中まですんなり疑問もなく素直に受け入れるというわけにはいかない。「何でなんだ?その真意は?」と思ってしまう。


考えられることはいくつかある。ひとつは、部下が残業することは監督する側の上司の評価にとっては不利な材料になるためということだ。形式上では残業は上司が命令することによって行われることになる(だから残業の申告書は「超勤命令簿」という名称である)のだから、残業を多くさせる上司は部下のマネジメントが出来ておらず、管理能力に欠けるという評価をうけてしまうことになる。だから自己保身のために実際より短く申告させたという説。もうひとつありえるのは、逆に自分の身を案じてそうさせたということだ。4〜6月の給与水準でその年度の厚生年金の保険料が決まるから、その時期にたくさん残業すると保険料を余分に取られることになるから損をする、という話はよく聞く。それを考慮して、保険料対策で少なく申告させたという説。あるいは他の説もあるかもしれない。大学の財政負担の軽減を図ったとか、実は残業として認定される時間が1時間単位でありそれ未満は切り捨てになるという決まりがあるとか、「残業代で稼ごうとは思うな」という警告的な意味合いがあったとか。


正直、1時間未満の残業代がつこうがつくまいが実質的にはどうでもいい。だが、やはり上司の真意は気になる。というか、その真意こそが今回の最大にして唯一の問題である。もしかしたら、実は組織が腐敗していて、残業を認めない暗黙の体制になっているのかもしれないし、労働法を遵守していないのかもしれない。気付かないうちに、法的には誤った感覚を植えつけられ、当然の如くやってしまっていることもあるかもしれない。そういうふうに勘ぐってしまい、ふと怖くなることがある。自分は事務だし、行政機構ではないため何の権力もないから、組織外に対して悪いことをすることはまずないし出来もしない。だがもしこれが警察で、自分の入った組織が腐敗していて、それが異常であることを気付かされることなくその中で純粋培養された人間になったとしたら・・・みたいに考えるとすごく怖い。そういう映画はよくあるけど、現実に軍隊なんてのはむしろ異常な感覚を植えつけないことにはやっていけない組織の典型だろう。なんたって人殺しするための組織なんだから、その中で普通の感覚の常識人でいられては役割が勤まるはずがない。冗談ではなく、洗脳に近いことをしたっておかしくないのだ。警察までがそうだとはあまり思いたくないが、これは警察に限ったことでなく、役所でも会社でも、組織の常識をそのまま信じてしまうような「素直さ」はかえって危険だということは心に止めておく必要があると思う。「まさか自分のとこがそんなことしてるわけない」とは思っても、まさかをまさかで済ませる根拠がない以上、心の片隅に疑いの目を開いておくべきだろう。そういうことを改めて思ったのだった。


結局、この2ヶ月は記録上では3時間しか残業していないことになっている。自分個人ではそれは構わないが、民間でもこんな感じだとしたら、国の統計で「日本人の年間労働時間は○○時間」などとなっていても、全く信用できないよなぁなんて思ってしまった。まあとにかく、面倒をさけるためにも、今後は上司から超勤の話が出ないよう、迷惑をかけずに一人でテキパキ仕事を進められるよう努力したい。自分は慣れてくるとすぐに自信をぶっこいて油断するから、よーく気をつけなきゃ。

(95分)
※28日 1:15