Unexpected

今朝は、前日に結婚式場に置いてきた車を取りに行くために、8時45分ごろに家を出た。家族に車で式場まで送ってもらえばすぐに済む話だったが、もういい年だし安易に家族に頼るのは極力避けようという思いから、少々手間のかかる方法を取った。まず、最寄り駅まで30分ほどかけて歩いた。空が底抜けに青く澄んだ清々しい秋晴れで、空気も暖かかったので、散歩気分で気持ちよく歩けた。移動中はMちゃんに電話をかけて、久々に彼の声を聞いた。転職先もなかなか労働条件が厳しいようで理想の職場というわけには行かなかったようだが、とりあえず元気そうだったのは何よりだった。来月スキー場に行こうと話して、電話を切った。最寄り駅から10分ほど電車に乗って、市内中心部の駅で降りた後は、駅前のロータリーでしばらく待った。式に参列していた元財務課長が駅前に泊まっていたので、車で茨城に帰るついでに式場まで送ってもらうことになっていた。課長が現れるまで待っている間に、ふと「送ってもらうんだし、何かお礼しないと」と思い立った。幸いすぐ近くに和菓子屋さんがあったので、そこで笹だんごを買った。もしかしたらおみやげとして同じものを本人がすでに買っている可能性もあったし、普段何かとお世話になっていることを考えると十分なお礼にもなっていなかったが、程度の差はあれ感謝の気持ちをちゃんと形として示すことが大事だと思ったので、車に乗せてもらう際にそれを渡した。それから、課長の車で送ってもらい、式場の駐車場に着いたのは10時ごろだった。ここまでは、何の変哲もない、予定通りの出来事だった。


自分の予定では、ここからまっすぐ家に帰るつもりだった。だが、気まぐれから、いつも通っているゲーセンに足が向いた。ここで、思いがけない出来事に遭遇することになった。


ゲーセンでは、いつものようにクレーンゲームに興じた。「きのこの山」と「たけのこの里」がセットになった景品の台で、1つ獲った後で欲張ってもう1つ獲ろうとしたものの、結局獲れずにトータル1800円を浪費した。がっくりと肩を落としつつ、ほかの台を物色していたら、「雪ミク」のぬいぐるみが置かれた台を見つけた。初音ミクさっぽろ雪まつり限定バージョンで、2週間前に秋葉原行った時にも挑戦したがアームが緩すぎて獲れなかった景品だった。もう1回チャレンジだ!と意気込んで100円玉を投入。ピンポイントのアーム操作で狙い通りにツメを引っ掛けるところまではうまく行ったのだが、ミクのツインテールがアームからするりと抜けてしまってホールド出来ず、持ちあげることも起き上がらせることも出来なかった。こうなるともうお手上げだ。名残惜しいが諦めることにして、台を離れた。すると、隣の台の前に立っていた女性が、自分が終わるのを待っていたかのように、入れ替わりでミクの台にやってきた。どうやら雪ミクを狙っているらしい。そいつはちょっと曲者ですよ、と心の中でつぶやきつつ、でも獲れるかどうかちょっと気になって、少し離れたところでミクの台を観察してみた。その女性は、店員さんを呼んできてガラスを開けてもらうと、何やら話しかけていた。どうやったら獲りやすいかというのを相談していたようだった。自分は一人でやるときは「ガチンコ勝負」が信条なので、景品がうまく下に落ちなかったとか500円を入れたら回数が余ってしまったとかいったとき以外は基本的に店員さんにヘルプを求めることはしない。そんなふうに意地を張るもんだから、大負けすることが多々ある。店員さんに相談するのは、景品を獲得する上でも、技術的の向上を目指す上でも、一番手っ取り早く合理的で、賢明なことだと思う。そうしたやりとりを後方から何ともなしにさりげなく眺めていたのだが、そのとき、女性が自分の気配を察してか、後ろを振り返ってこちらの方をちらっと見た。クレーンゲームはほかの人のプレーを見て技を盗むのも立派な勉強の一つだが、見ているのがばれて何となくばつが悪くなったので、その場を去ることにした。それから少し店内をうろついたが、浪費しすぎて300円しか残っていなかったお金で最後の賭けに出る気にもなれず、今日はツキがなかったと思って店を出た。


その直後だった。「すいませーん」と後ろから声を掛けられ、立ち止まって振り返ると、見知らぬ女性が駆け寄ってきた。先ほどミクの台にいた女性だった。肩を落としてぼーっとしていた自分が「?」と思うより早く、向こうから話しかけてきた。「さっきミクを狙ってましたよね?私2回くらいで取れたんですけど、同じのを持ってるので、これあげます」そう言うと、手に持っていた袋を自分のほうに差し出した。当惑しつつも、それを受け取り中身を取り出して見ると、自分が獲り損ねた雪ミク(2011年バージョン)がそこにあった。彼女は、景品を自分にくれると言っていたのだ。見ず知らずの人が、どうして自分に?・・・突然の出来事に、自分はどうしていいかわからなかった。さっきは後姿を見ていただけだったその人は、正面からよく見たら、ショートカットで色が白くて綺麗な人だった。年は自分と同じくらいのように見えた。車を回収するだけのつもりでヒゲも剃らずに来てしまったというのに、彼女が自分のほうをじっと見て話しかけてきたものだから、恥ずかしかった。ここから物語が始まる・・・とすごく面白かったのだが、現実はドラマのようには運ばないもので、自分はとっさに何のアクションも起こすことは出来なかった。「えっ、本当にもらっていいんですか?」「はい」「じゃあ・・・ありがとうございます」というやりとりをして、終わりだった。ミクを受け取った自分は、彼女に背を向けて数歩先に停めてあった車に近づき、ドアを開けた。そこで、「やっぱりちゃんとお礼を返さないと」と思って振り返ったときには、もう彼女の姿はなかった。「お礼にさっき獲れたたけのこの里をあげます」とか、「申し訳ないんでジュースだけでもおごらせてください」とか、或いは「あれを2回で落とすなんてすごいですね。よくゲーセンには来るんですか」とか、そこで自分から何か話を振って次の展開に繋げることは十分可能だったはずだし、この流れからすればむしろそうするのが自然とさえ言っていい。そこで気味悪がられて断られたら、それはそれで一向に構わない。だが、何ら行動を起こせないのでは、お話にならない。ただ呆れるほかなかった。ものの30秒ほどの出来事だったと思う。彼女がどういう思いから自分にミクをくれたのか、想像もつかない。単なる気まぐれか、それともクレーンゲーマーあるいはミクファンとして何か同じものを感じ取って気にかけてくれたということなのか。例え向こうの真意はどうあれ、自分の判断力と思考力では、その短い時間に何も行動を起こすことが出来なかった。継ぐことが出来なかった二の句を、あのとき取れたはずの行動や、あり得たその後の展開を、家に帰る車中でずっと考え続けた。


自分は今回のことで、彼女を好きになったとか、また会いたいという思いを抱いたとかいうことは特段ない。ただ、見ず知らずの人に一方的に何かを与えてもらったことに対する申し訳なさと、親切にされながらとっさに適切な対応を取れなかった自分に対する不甲斐なさが自分の中に生じてしまい、それが強烈な禍根を残すことになってしまったのは事実だ。その場でジュース1本でもいいから「お返し」をしていれば、そうした感情は生じず、少なくともこの出来事は自分の中できちんと消化し解消できた。課長に笹だんごをあげたのと同じこととして済ますことが出来た。だが、お返しをしなかったことで、見ず知らずの人に借りを作る結果になってしまい、それが「借金をしない(借りを作らない)」という自分のポリシーに反することとも相まって、後悔が残ってしまったのである。この出来事は、異性との出会いのチャンスを逃したということよりも、見知らぬ人に借りを作ってしまったということに対して、残念な結果だったというふうに自分の中では解釈されている。とはいえ、本当に単なる「借り」の問題なのだとしたら、もしミクをくれたのが知らないおじさんであっても、同様の後悔が生じるはずだが、想像してみる限り、おじさんが相手だったらたぶんそうはならない。年齢や立場の異なる相手なら、うやうやしく頂戴してお礼をすれば借りは生じない気がするし、やはり女性からもらったからこそ申し訳なさを強く感じるというのはあると思う。もう一度ゲーセンで会えたら、今度はちゃんと形として何かお返ししたいと思うし、異性としてどうこうという以前にまずミクやクレーンゲームを好きな者同士として話をしてみたいと純粋に思うが、まあそんな機会はもうないだろう。再会のチャンスを期待してゲーセンに行く頻度を高めるようなつもりもない。もう一度会えたらそれこそ奇跡というものだ。何だかよくわからない話になってしまったが、とにかく、人からプラスの影響を受けたら、誠意を持ってお返しをするのは大事だということだ。それを身に染みて感じた出来事だった。


奇しくも今日は自分の26歳の誕生日である。もらった雪ミクを誕生日プレゼントだということにして、終生大事にしたいと思う。



↑左が今回譲り受けた雪ミク。自分のパソコン周りにはミクがたくさんいる。

↑今年のさっぽろ雪まつりにはぜひ足を運んでみたいと思っている。

(200分)