希ガス

近頃、録画でもリアルタイムでも、テレビをよく見ているような気がする。それで、今日もクローズアップ現代を見ていたら、ネットで弱音を書き綴っていた被災者の男性に対し、ネット上の誰かがこう書き込んでいたのが紹介されていた。「私も○○さんの気持ちが痛いほど分かるような気がする」、と。相手の気持ちを「分かる」じゃなくて「分かる『ような気がする』」と表現していたところに、自分は「気がするだけかい!」と口に出してツッコミそうになったが、次の瞬間にはビビっときて「ああそうか、これは!」と思いなおした。ネット上で、文字だけを使って、見ず知らずの相手に「分かる」と言い切るのは、いかにも嘘っぽい。例え本心から相手の気持ちに寄り添いたいと思ったとしても、向こうはかえって疑心暗鬼に陥って警戒してしまうかもしれない。そんなとき、「分かる気がする」という言葉はより受け入れられやすいのではないだろうか。「いてもたってもいられないというほどじゃないけど、でも見て見ぬふりも出来ないな」という感じの程良い距離感があるのが、言葉にリアリティを与えていていいと思ったのである。本当に優しい言葉、生きた言葉というのは、こういうもののことを言うのかもしれない。たまたま耳に入ったたったワンフレーズの言葉に、風呂の中でしみじみ考えさせられた。

(20分)