ジテツウ その3〜実践編〜

ジテツウをする、するといいつつ、天気がよくなかったり、持っていく荷物の都合があったりして、なかなか実践できないまま時間だけがただ過ぎていた。だが、今朝、ようやくにして、自転車で出勤する機会が訪れた。天気は快晴で、夜も含めて一日降水確率は低い。それほど暑くもない。起床時刻は少しだけ遅く、準備の時間はあまり十分とは言えなかったが、「とにかくやってみなければ始まらない!」と自分に言い聞かせ、必要そうなものを思いついただけリュックサックに詰め込み、チェーンに少し油を差して自転車の状態を整え、7時10分、不安そうな家族を尻目に、いざ出発した。


職場までは、約15kmある。当然ながら、服装はスーツではない。半そで、ハーフパンツ、ヘルメット、スニーカー、それにアイウェア(サングラス)という姿だった。荷物は、普段の出勤時にカバンに詰めているもの一式と、昼休み・帰宅時用の替えの軽装2セット、仕事用の服(スラックスとシャツとベルト)をリュックに詰めていた。革靴は予め職場に置いておいた。リュックは膨れていたが、中身が服ばかりなので、さして重くはなかった。走り始めてすぐ、グローブをはめていないことに気がついたが、それほど長く乗る訳ではなかったので、振動の緩和剤がなくてもさほど支障はなかった。ただ、転倒した場合のためにも、次からはちゃんと装着するようにしたほうがいいだろうと思った。それはさておき、自転車で澄み切った朝の空気の中を駆け抜けるのは、素晴らしく気持ちのよい体験だった。見飽きたいつもの通勤ルートが、自転車の高さ、速度で眺めると、また違って見えた。車であれ自転車であれ、安全運転のために細心の注意を払わなければいけないことは同じだが、自転車はスピードが遅い分、判断や操作にもゆとりを持てるというメリットがあるし、景色の情報もより多く目に入ってくる。車のように神経を尖らせる必要がないところが、自分の性には合っている。そんなことから、走っていて思わず「俺は自由だ!」と心の中で雄たけびを上げたのだった。仕事をするために職場に向かっている途中でこんな気分になれるなんて、自分はつくづく単純でおめでたい人間なのかもしれない。そんなこんなで、35分ほどで職場に到着した。前回の6月の試験走行時とほぼ同じタイムだった。


自転車は事務局の裏手の舗装されたスペースに駐輪した。本来は駐輪場ではないのだが、ほかの自転車通勤の職員がみなそこに停めていることから、何となくそこが適切かなと思ったのだった。鍵は閉めたが、柱などに括りつけた訳ではなくサイドスタンドで立たせただけだったので、少し不安は残った。それにここには屋根がない。事務局からは遠くなるが、屋根と柱のある駐輪場を利用するのが、安全上より適しているかもしれない。自転車を降りると、全身汗だくになっていた。いくら朝とはいえ、25km程度の巡航速度でずっと走れば、汗をかくのは必然だ。しかし心配することはない。体育館の更衣室のシャワーを利用すればよいからだ。すぐにシャワーを浴び、仕事用の服に着替えて、心も体もさっぱりすることが出来た。こういう設備面で、大学という職場は非常に恵まれていると思う。更衣室で偶然、ジテツウしているほかの職員と遭遇したので、自分が今日から始めたことを話すと、「遠いところからよく来れたな」と驚かれた。10km以上離れたところから自転車で通勤するのは、この辺の人の常識的な感覚としては驚くべきことであるようだ。その後、何人かの人から同じ反応をされることになった。着替えを終え、ロッカーで靴を履き替えて、事務室に入ったのは8時ごろ。だいたい、いつもの出勤時刻と同じ時間だった。気分は清々しかったが、少しだけ疲労感が残って一次的に体が重くなったのは予想外の出来事だった。前日の睡眠が不十分だったようだ。その点は課題として少し反省した。


時間は流れ、夕刻。終業時刻を過ぎて「何時に出ようかな」と思っていたころ、部署の人からこの後飲みに行かないかと誘われた。行くと返事してすぐに「自転車はどうしようか」と考えた。飲み会の会場まで乗って行くか、誰かの車に同乗させてもらい職場に置いていくかの二択問題である。こういう場合の対応については事前の検討は全くなされていなかったが、今後もありうることなので、図らずも今回の対応が今後のモデルケースとして示されることとなるのだった。自分は、この事態に対して、「自転車で会場まで行き、飲み会後は家族に『軽トラ』で迎えに来てもらう」という方法を考案し、実際にそのように行動した。軽トラで迎えに来てもらえば、自転車を荷台に乗せて家に持ち帰ることが出来、翌日も自転車で通勤することが可能となる。職場に一晩放置することによる盗難の不安も生じない。送迎にかかる車の燃費を考えても、これが一番合理的な選択だった。ただ、一つ問題があった。会場に着ていく服装だ。自転車で帰宅するときのための、半そで短パンの着替えが用意してあったが、部署の40、50代の方々を前に、この服装ではラフ過ぎる。しかし、スラックスにワイシャツの姿でヘルメットをかぶってチャリを漕ぐのもヘンテコだし、汗をかいたら困る・・・と思ったが、ほかにどうしようもなかったので、実際その姿でチャリを漕いで会場まで向かった。汗をかかないよう、なるべく遅い速度で走ったが、それでも汗はかいてしまった。2、3kmだったのでこれでもまあ何とかなったが、もっと遠い会場だった場合、この姿で行く訳にも行かないだろう。チャリをしっかり漕げて、それほどラフ過ぎない服を、1着ロッカーに常備しておいたほうがいいかもしれないと思うに至ったのだった。また、すでに日の落ちた薄暗い道を走るに際して、グレーのアイウェアの視界の暗さに危険を感じた。日中はグレーがかったもののほうが目が楽で、景色もくっきり見えるが、夜道ではグレーは視界を遮るだけにしかならない。夜用に、透明なアイウェアも必要だということを思い知らされた。やはり、やってみると色々な課題が見えてくるものだ。逆にいえば、やってみないと分からないことばかりということで、ジテツウの仕組みをより成熟した完成度の高いものにしていくためには、毎日実体験を通して経験を積み重ねていくことが何より重要であるといえる。今回、ジテツウを実際にやってみたことで、毎日続けられるような仕組みの構築に向けて、実践的な課題への対処の面で飛躍的に前進したと思う。それに、やってみると思ったより大したことがないということも分かり、気持ちが楽になった。ジテツウに対する精神的なハードルはぐっと低くなったと感じている。案ずるより産むが易しとはこのことだ。1回でも既成事実が出来れば、2回目はずっと簡単になる。今後も、雪が降る前までは、1日中晴れるという予報が出た日は、積極的にジテツウしたいと思う。


ちなみに飲み会は、少人数ながら結構盛り上がった。自分より25歳以上の人たちしかいなかったが、それくらい思い切り離れているほうが、かえってジェネレーションギャップがネタになって面白かったりするし、無茶振りをされることも少ないので、ヘタに同年代と話すよりも気楽で楽しい。何より、会費に傾斜をかけてもらえることが期待できる。今回は傾斜はなかったものの、ビールをたくさん飲めたし、料理はおいしかったし、楽しい時間が過ごせたので、参加してよかったと納得している。唐突な誘いでも、用事がない限りは基本的に参加するというスタンスで今後も行きたいと思う。

(100分:9/23)