未練と決意

公開講座の担当ではなくなってしまうことには、少なからぬ未練がある。大学を円滑に運営するのが事務職員の仕事だが、個々の業務としてみれば、自分のやっている事務作業が、大学を通じて具体的に教育や社会の発展にどの程度貢献できているかというのは実感できない場合も多いと思う。そんな中で、公開講座業務というのは、大学の知を地域に還元し教養を深めてもらうという地域貢献の役割と、大学に足を運んでもらうことで地域住民に大学への理解を深め、親しみを持ってもらうという大学のPR的な役割とを担っていて、自分の仕事が対外的にどのような影響を及ぼしているかや大学への貢献の度合いが目に見えたし、自分のやっていることに確かな意味や価値を実感することが出来ていた。内向きになりがちな大学業務において、対外的な視野を持てるポジションで、比較的時間にゆとりもあったので、自分の大学と他大学との対比や、大学の在り方について考えることも多かった。また直属の上司が忙しくて指導・監督するだけだったので、実務の多くは一人で切り盛りしていて、自分の裁量で工夫して色々と行う余地が大きかったのも、この仕事に面白さを感じる理由の一つとなっていた。来年度の公開講座受講案内が、自分の考えた様々なアイデアが取り入れられて、とても見やすく楽しく充実した内容に仕上がったことにも非常に満足感を覚えていて、さあ来年度はもっと工夫して面白くして、新しい受講案内を多くの人に読んでもらって、たくさんのお客さんに大学に来てもらおうとまさに意気込んでいた矢先に告げられたのが、今回の異動の決定だった。自分の仕事に情熱を持ってやりがいを感じていたし、1年目の経験や失敗を活かせる2年目こそが仕事の正念場だと思っていただけに、正直言ってとてもショックだった。自分が描いていた色んな構想が道半ばでついえることになってしまうのではないかと、公開講座のこれからのことを考えて暗い気持ちになったりもした。自分が最初に地域連携担当に配属になったとき、室長は「地域連携を強化するのが大学の重要課題」だと言っていたのに、あれは嘘だったのかと疑心暗鬼な気分にも一時はなったが、先輩づてに室長にとっても今回の人事が唐突で予想外のものだったことを聞かされ、考えを改めた。自分が一年で異動になることは、室長にとっても不本意なことだったのだ。そして、実際受講案内の作成段階以外の自分の仕事量がそれほど多くはなかったことと、それを裏付ける残業時間の少なさを考えると、次に回されたのが業務量の多さに忙殺される席だったのもある意味納得がいったし、異動することに対してはもうすでに観念している。


今日は「残された時間で次の担当の人のために何が出来るだろうか」と考えて行動していた。自分のやってきたことのノウハウのものを伝え、今まで明確でなかった業務手順やスケジュールを明らかにすることで、一刻も早く業務に慣れ、自信を持ってもらい、その上で自分が来年度に実現しようとしていた様々な新しい取り組みを提示してそれらを実施してもらい、さらに改善に取り組んで自分の気付かなかったような形に発展させていってもらえるように、下地を整えておくことが必要だということは分かっている。しかし、それをどうやって伝えればいいのか、紙にまとめればいいのか、具体的な姿は描けなかった。そもそも、自分がどんな風に今まで仕事をしてきたか、自分一人で机に向かって考えていても、なかなか思い出せず整理もつかないのが実情で、公開講座の引き継ぎ書の作成作業は少しも進まなかった。そのため今日のところは、自分が所掌する公開講座以外の業務の手順書(もともと自力でこつこつ作っていた)を完成させて、ファイルに綴じて次の担当に渡せる形にした。公開講座以外の業務はそれほど複雑ではなく、裁量の余地もないので、それほど大した説明は必要ないし、これで十分だと考えている。ただやはり何といっても自分がやってきた最大の仕事は公開講座なので、これは中途半端では決してすませたくない。次の担当が困るだろうし、それでは自分自身も未練が残って、次の担当に移った後仕事に専念できなくなる。絶対に妥協したくはない。明日は通常業務は一旦脇に置いておいて、引き継ぎの準備に全力を傾けたいと思う。今日の夜は、次に自分の席に来る先輩から質問を受けて、公開講座について色々答えた。そのやりとりの中で、色々「そういえばこんなこともあった」と見えてくることが多かったので、明日は少しは作業の速度もアップするのではないかと思われる。先輩自身も、仕事の大枠が見えてきた、後は一度やってみてある程度覚えればなんとかなりそうだと口にしていた。その言葉を信じ、より確実な自信を持ってもらえるよう、今週は土日も来る覚悟で頑張るつもりだ。


来週は、今度は異動先の人から自分が仕事の引き継ぎを受ける番となる。そのことを考えるとまた新たな不安が沸き起こってくるが、来週になるまでは、そのことは考えないよう胸の奥に封印しておくとしよう。

(65分)