10km

春分の日で祝日だった今日は、いつもの休日とは異なる始まり方をした。昨夜の飲み会でお店に置きっぱなしにしてきた自分の車を取りに行く必要がまずあったのだが、そこに行く手段として自分が考えたのは、「走ろう」ということだった。その店の駐車場までは、家から約10km近くも離れていた。気軽に走るなんていう選択肢を選べる距離ではない。だが、今日の自分は何だか走ってみたい気分だった。飲み会続きで体重が増えそうだったので運動したかったのと、自分の体力を試してみたかったのと、マラソン狂のY氏に対抗意識を燃やしたのが理由だった。家族に走ると言ったら、そんなこと出来る訳がないとバカにされたが、それも一層自分のやる気をかき立てた。着替えのシャツ・下着とタオル、運転に必要なメガネ等を自転車用のリュックサックに詰め込むと、家族に黙って家を飛び出した。晴れた朝の、起きて間もない8時過ぎのことだった。そこからの道のりは、思っていたとおり長く険しかった。最初こそ足取りは快調だったが、すぐに息が荒くなり、ペースも落ちた。徐々に足が重くなっていき、足をきちんと持ち上げることが出来ずに、すり足のような走り方になった。いつもは車窓から一瞬で流れ去る通勤ルートの風景が、今日はまるで止まっているかのようにスローにしか変化しなかったので、全く新しい道であるかのような錯覚さえ覚えた。もうすっかり雪は消え、歩道はもちろん、畑や田んぼも露わになっている。そこを走るのは春らしさを感じられて楽しいかというと、そうでもなかった。むしろ春独特の、べと(土)の生ぐさいようなにおいが際だっていたし、どこの工場や工事現場から流れてくるのか分からないが、有機溶剤のような人工的なにおいがあちこちで感じられたほか、幹線道路を通ったせいで車の排ガスももろに吸い込んでしまったので、呼吸をする苦しさが増幅されている気すらした。ただ、苦行だからといって途中で諦めるようなことは絶対したくなかった。Y氏に負けたくなかったし、何より過去の自分に負けたくはなかった。自分は昔は長距離走が割と得意だった。2005年の高校3年生のときの秋の全校マラソン大会では、学年の男子約170名の中で25位でゴールした実績がある。そのときのコースの距離がちょうど10kmで、今回はそのとき以来何と7年半ぶりの長距離走ということになる。高校生の当時と現在を比べれば、体力の低下は歴然としている。それはどうにも埋めようがない。だが精神力では当時に劣りたくはなかった。当時だって、マラソンは苦しいスポーツだった。得意なほうではあったが、好きというほどではなかった。だが、苦しさを覚悟して走っていた。最後まで走り切るんだという根性を貫いていた。体力では負けても、根性では負けたくなかった。だから、自分は信号待ち以外では一度も止まらずに、遅かろうともひたすら走り続けた。ジャージの上着を脱ぐときも、鼻をかむときも足を動かし続けた。走り去る車と自分を比べて、頑張っている自分はかっこいいぞと思って、優越感を持つのも走る原動力の一部だった。ナルシストな考え方でも、走る力になるなら何でもいいから利用しようと思った。そうこうして走り続けるうち、次第に景色は変わり、ようやく目的地が視界に入ってきた。疲れていた気持ちに、再び火が灯った。最後の信号を過ぎたあとのラスト600mほどは、全力で走った。最後の力を振り絞った。そして、自分の車の前にたどり着き、ゴールを迎えた。その達成感と解放感、充実感は・・・形容しがたいほどの素晴らしいものがあった。何だやれば出来るじゃないか、止まらず走り続けて本当によかった、本当によく頑張った、そう自分をほめたい気分になった。全身の疲労は体を重く縛り付けるようであったが、なおそれを上回る心地よさがあった。後で地図上で計測したところ、距離は9.4kmで、やはりほぼ10kmだった。タイムは57:26。7年半ぶりとはいえ、はっきり言って遅い。高校時代の45:25には全く及ばないし、道が平坦だった今回と起伏が多いコースだった当時を比べるれば差はもっと大きいと言えるが、それでも目標の1時間を切ることが出来たことは素直にうれしかった。そこで10分ほど体を落ち着かせ、シャツを着替えると、車に乗って帰途に付いた。車で移動するのは、当然ながら非常に楽だった。これが当たり前になると精神・感覚がおかしくなるよな、なんて思ったりもした。その後は、温泉に立ち寄ってゆっくり体を休めてから10時過ぎに帰宅した。気持ちよく朝を始めたことで、何だかやる気も沸いてきて、家の中の整理等で色々と作業をすることが出来た。総じて充実した1日になった。


今回は普通のスニーカーで走った。走るための靴ではなく、窮屈だったため、両足の小指が靴ずれして水ぶくれが出来てしまった。また慣れないことをしたので、全身の筋肉痛が1日中引き続くことになった。今後、頻繁にこういうことをするかどうかはまだ考えていないが、手頃な価格のランニングシューズの1足くらい買っておいても損ではないだろう。Y氏に会う機会があれば、ぜひ経験者のアドバイスを得たいところである。

(80分)