宿舎

国家公務員宿舎が、今の国会でやり玉に挙がっている。国民の関心を引きやすい、公務員批判をするには「格好のネタ」なので、マスコミも盛んに騒いでいる。それに与するつもりはないが、自分としては、職員の福利厚生を目的として廉価で貸し出される宿舎は、全部廃止していいと思う。国家公務員だけでなく、国立大学や地方自治体の職員宿舎も同じだ。真に必要なもの(災害や有事に備えた待機用の「詰所」的性格のもの(これとて必ず必要とは言い切れない)とか、首相公邸などの政府要人向けのもの)以外は、全部更地にして民間に売却してしまったほうがいいと思う。理由はいくつかある。


第一に、宿舎を所有することは継続的に多大な管理費用を要するからである。建設費が100億円超かかるとされる朝霞の宿舎の問題で、凍結するとか中止もありうるという野田首相や閣僚の発言に対して、「建設を中止したら建てるのと同じくらいの違約金を取られるから、税金の節約にならない」「違約金を払うなら建てたほうがマシ」といった反論もされている。しかし、これらの主張はいささか浅薄な意見だと言わざるを得ない。なぜなら、これらは「建設」という一時点でかかる経費にのみ着眼したものであり、宿舎を所有することにより発生し続ける維持管理コストの存在を捨象しているからである。時に維持管理コストは、建設費を凌ぐほどの大きな負担を生じるものだ。ここ15年ほどの間の急速な国地方の財政悪化は、バブル前後にハコモノをたくさん作りすぎたために、その後の維持管理コストが重くのしかかってきたことによるところも大きいのではないかと自分は考えている(竹下内閣時代に全国の自治体に1億円ずつばらまいた「ふるさと創生事業」とか)。施設の老朽化につれて管理経費は高くなり、その一方で入居者が負担する宿舎費(家賃)は下がって行くから、時間がたてばたつほど、費用は増大していくことになり、それがいよいよ高くなると、「今のものを直して使うより建て替えたほうが安い」という話になってまた新しい宿舎が建てられるという悪循環に陥る。それを考えれば、今の時点で建設費を無駄にしても、その後に際限なく生じる管理費が浮くのであるから、中止をしたほうが長期的に考えれば安上がりである。財務省は、国有財産を管理するのが大きな仕事の一つだ。それゆえ簡単には手放したくないのだろうが、国は国民のためにあるのだから、国民の利益につながるとは考えにくい多くの公務員宿舎については、潔く手放して身軽になるのが賢明というものだ。


そして第二に、公務員の給与を市場経済に還流させることが重要だからである。通常、宿舎費は給与から控除され、そのまま所属する官署の財布の中に留まることになり、何らかの用途に支弁されるまでは市場を流通しない。しかし、民間のアパート等を借りて住めば、大家や不動産会社に家賃が支払われ、そのお金がすぐに市場を流通し、経済の活性化に一役買うことになる。以前に共済組合の記事で書いたとおり、自分は公務員の給与を福利厚生のために内輪で「囲い込む」のは税金の使途としてはいかがなものかと思っている。公務員の給与として用いる税金は、職員が安定した生活を営むことができ、職務へのやる気を損ねない水準で必要最小限にとどめなければならないし、支払われた給与の使途は個人の自由であるとはいえ、出来るだけ国内・地方経済の活性化に寄与する形で使われるのが望ましいと思うのである。人口が少なく消費需要の少ない地方に所在する官署であれば、なおのこと給与は地元経済に還元することが求められるはずだ。家賃は、住居手当として最大27,000円(家賃55,000円以上の場合)の補助が出るのだから、宿舎と比べて著しく不利になるという訳でもない。昨今はどこの機関も同じような状況だろうが、自分の大学においても、宿舎の老朽化と設備の陳腐化がかなり進行しており(風呂のお湯の温度がまともに調節出来ないし、あちこちから虫が侵入してくるらしい)、そのくせ退去時に10数万円もの多額の「清掃費」を請求されるという悪評が出回っている。また家庭を持っていて自分で賃貸住宅なり持ち家なりに住んでいる人が多いため、宿舎の人気は高くない。当然ながら、きちんと改修するようなお金は大学にはなく、正直言って財務上の「お荷物」なのではないかと思っている。大学の設立当初は近隣には十分な数のアパート等がなかっただろうから、まだ宿舎の必要性もあっただろうが、今では学生用のアパートもたくさん建っており、物件を探そうと思えばいくらでもある。もはや存在価値は薄れているのだ。そうしたアパートを借りて住む方が、大学にとっても、職員個人にとっても、利益に適うのではないかと思う。


そういう訳で、今後は公務員宿舎は原則廃止の方向で議論を進めるべきだと自分は考えている。住居手当を多少増額してでも、宿舎を手放す方がよっぽど税金の節約になるはずだ。うちの大学もこの期に乗じて職員宿舎を売却し、いくばくかでも利益が出たら、狭さと汚さにおいて惨憺たる有り様である学生宿舎の改修費用に充てて欲しいものだと思う。今の学生宿舎を高校生に見せたら、受験生が減ってしまうのではないだろうか。というか、実際減っていると思う。大学は教職員のためにあるのではなく、学生と社会の利益のためにあるものだ。学生のための施設は、もっと整備してしかるべきである。

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