Dead or Alive

「え、やばい、人生終ったかも。もしかして、留年?」


と本気で思った。1限のドイツ語のスピーキングの期末テストで、答案を半分しか書いていない状態で回収されたときのことだ。こうなったのには2つの失敗があった。1つ目は、事前告知されていたの長文作成問題の条件に見落としがあったこと。何でもいいから、旅行先から先生に向けて旅の様子についてEメールを書く問題だと思っていたので、3時に起きた後北海道を舞台にした文章をつくり、必死で暗記した。これで大丈夫だと思って、8時前には出発し、授業の15分前には教室に到着した。余裕さえ感じていたのだった。それがいざテストを開始すると、思わぬ宣告を受けた。
「東京か大阪かのどっちかで書いてください」
なんだと!とそれを聴いた瞬間に驚き、戦慄した。この文章じゃダメじゃないか・・・。すぐさま、文章を東京の設定に改変することを考えた。しかしその作業はとても難しいものだった。文章にオリジナリティを出すために、北海道ならではの要素をたくさん盛り込んでいたからだ。「日本最北端の宗谷岬は風がとても強かった」なんて文章を東京に当てはめることは不可能だ。また文章を全て書き換えるとしても、ドイツ語の語彙に乏しい自分の頭では、それはほとんどムリだった。やむなく、応用の利く部分のみを設定を変更して書き、それが不可能な文章は削除しながら文章を書いた。悩んで頭を抱えているうちにも時間は過ぎ、焦りでせっかく覚えた文章も中々出てこなかった。他の問題は比較的簡単だったので、あとで出来るからと後回しにしてこの問題に取り組んでいたが、文章を書き進めるにつれどん詰まりに追い込まれていった。予め考えていた文章の半分ほどしか書けないまま、どうにか新しい文を新しい文をと考えていたところで、第2の失敗が明らかとなった。
「残り2分です」
そう、2つ目の失敗とは、制限時間を理解していなかったことだった。マズい、このままでは白い答案を提出することになる・・・。焦りは頂点に達した。もはやメール問題で浪費出来る時間はなかったので、それを途中で放棄すると、単語の和訳問題とドイツ語の質問にドイツ語で答える問題にすぐさま取り掛かった。だが、普段なら即座に解けるはずの簡単な独語文が、このときばかりは混乱して中々理解できなかった。和訳問題は解けたものの、独語の質問問題のほうに着手する時間は残っていなかった。
「はい終わりです」
そう聴こえてペンを置いたあと、ただ呆然とするしかなかった。テスト時間はわずか30分だった。1時間はあると思っていたが、それは根拠なき妄想に過ぎなかった。これじゃあ半分も取れるか分からない。頭の中が「留年」の二文字で急速に埋め尽くされていく中、自分の思考はその強烈な冷気に凍り付いていた。


今思えばその時点でもまだ悪あがきは出来たはずだった。先生が答案を不規則な順番で回収し、自分のものを一番最後に回収したのは、最後列にいる自分にこっそり書くチャンスを与えるためだったのかもしれない。だが、それを発想しつつも、発覚してペナルティを課せられるリスクを恐れて、自分はそうはしなかった。おとなしく白さの目立つ答案を手渡したのだった。答案の回収が終るとすぐさまその場で採点が行われた。一人ひとりが呼び出され、答案を返却されると共に、出席を含めた合計点が告知された。これで合計点が60点に行かなければ、リーディングのほうがよくても即アウトだ。3、4回欠席していて出席でアドバンテージがない自分。このテストがどれだけ評価されるかに全てがかかっていた。もしかしたら、という最悪のケースを想像し恐怖する中、周りでは70点や80点といった声、安堵と喜びの声が次々と上がった。それらの声に心がかき乱されそうになる中、どうか60点がもらえますようにと、ただそれだけを祈っていた。そして、一番最後の学生の名前が呼ばれ、自分は登壇の前に座る先生の前に歩み出た。
「ここ(メール問題)はいいです。あなた先週休んでこの問題知らなかったから(仕方ないので)60点です」
そう伝えられて、感じたのは、ただ安堵感、首の皮がつながってよかったという安堵感だった。先生にありがとうございますと言って席に戻ると、そこで授業は終わった。幸いにして悪夢は現実にはならなかった。自分は、軽やかな足取りで教室を後にしたのだった。


別に切れかけた首の皮がつながったというだけで、まだ卒業が確定したわけでは当然ない。リーディングのほうはほとんど休んでおらず勉強もしているので、ドイツ語はおそらく取れると思うが、そのほかの残り2単位はまだテストを受けたりレポートを書いたりしていない。勝負が決するのは来週金曜である。それまでが正念場だ。今日は3時起きでくたびれたのでもう寝るとして、明日からも気合を入れて精進したいと思う。くれぐれもテスト勉強を軽んじて後回しにだけはしないよう、重々心がけたい。

(75分)