不完全社会均衡論

人間社会は不完全な状態、個々人にとっては不合理で不都合な環境が解消されない状態で均衡すると自分は考えている。


それはどういうことか。以下ではたばこを例にとり、考えてみたい。


たばこの害は健康面での影響がすでに科学的に実証されているのみならず、
①車の運転中にたばこに火をつけようとよそ見をして事故を起こす
②室内の装飾がヤニで黒ずむ
③服や体など色んなものに悪臭が移る
④火の不始末で火事の原因になる
⑤パソコンなど精密機器の動作の不具合や寿命の縮減
⑥愛煙家vs嫌煙家など他人とのいさかいの原因になる
⑦ただ燃やすためだけに使われる資源の無駄
⑧製造から使用、廃棄の過程での地球温暖化促進
⑨たばこ農家の健康被害
など、ざっと挙げただけでもこれだけの負の影響を及ぼしている。これだけで見ると、純粋な害でしかないと思われるたばこが、科学技術の成熟してきた21世紀を迎えた今でもなお公然と存在しているのには、訳がある。当然ながら、たばこが存在したほうが利益が生まれるからである。その利益とは多くの個人の利益を圧迫した上での、社会全体で見た場合の利益ということになる。


まず、税収面で考えてみよう。たばこ税の増税論議が出ると、反対派からは毎回喫煙人口の減少による税収低下が懸念として挙がる。たばこの煙はおよそありとあらゆる病気の原因となりうるため、喫煙人口の減少は人々の健康を増進し医療費が下がることになるであろうし、財政的には医療保険の歳出が減る分たばこ税の税収減を補って有り余る効果が期待されるはずである、と推進派はこれに対し反論する。しかし煙の害が蓄積して発病するものである以上、増税した直後に医療費が減少することは考えにくい。医療費の減少が長期的に実現されうるものであるのに対し、たばこ税の減収は短期的に現実化することが予想される。このギャップによる一時的な歳入の穴をどう埋めるのか、この問題が解決されない以上、おそらく大幅な増税は行われえないだろう。もちろん議員個人が喫煙者か否かという部分や、たばこがなくなったところでどの道高齢化で医療費は増える一方なのではないかという見方もこの議論には影響を及ぼしているに違いない。要するに、長期的にはメリットがあっても、短期的なマイナス効果を回避できない上、現在時点でたばこ税を財源として政府が動いている以上はたばこを軸に均衡状態を保っているため、この状況は変わりえないということだ。


次に、たばこの害によって利益を受ける産業の存在を考えてみたい。不思議なことに、たばこはその純粋な害悪により煙たがられる存在として公然と認められることによって、一定の産業を形成するに至っている。直接的には、空気清浄機や消臭剤、禁煙療法や禁煙商品、駅や店舗の喫煙設備(喫煙室)といったものが思いつく。こうした産業に従事する人たちにとっては、たばこがなくなってしまっては困る。しかしたばこが嫌われない存在であってもまた困る。嫌われつつも完全に排除されはしない程度の境遇に留まり続けることが望ましいのである。つまり喫煙者と非喫煙者の存在、そして一定レベルでの両者の対立が不可欠なのである。こうした広義でのたばこ産業の形成と存続に嫌煙家が大いに加担している(たばこの煙を嫌う→服に臭いがついたからと自分の服or喫煙者に対し○ァブリーズを吹きつけるなど)のは、何とも皮肉なこととしかいいようがない。嫌煙家はたばこに真っ向から歯向かっているつもりでいながら、実は向こう側にとっても「おいしい存在」だったりするのである。反対勢力からも金を搾り取ってしまうのだから、たばこ産業の図太さには恐れ入るほかない。


例が少し的外れになってしまった感があるが、端的に言えば「たばこの害によって社会が回り利益が生まれる以上、それが個人レベルで不合理であってもなくならない」ということだ。上に挙げた①〜⑤のたばこの害は、その一方で新たな需要を生む(壊れれば新しいものを買う需要が生まれる)ため誰かの利益となっている。この世界は不完全であるがゆえに多様な需要が生まれ、経済が活性化するのである。戦争や犯罪、環境破壊、貧富の差、どれも誰かの被害と引き換えに誰かが利益を受けるからこそ存在するものだ。感情に訴えかけるような主張をいくら展開したところで、カネの問題を解消できないのであれば、これらは決して無くならない。たとえそれらの価値において、「被害>利益」であったとしても、おそらくなくなるのは難しいし、「被害<利益」であれば決してなくなることはない。表面上無くなったように見えても、形を変えて必ず存続し続ける。なぜなら人は自分の利益を第一に守ろうとするものだからだ。人間が人間である以上、不完全さは決して解消されないであろう。それが人間のサガなのだ・・・。


・・・定食屋で昼飯を食べていて、近くの席の客の煙が避けられない不条理に感極まって、こんなことを思わず考えてしまったのだった。晴れているうちに大学に行って、早く本でも読みたいものだ。

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