子供:自転車習得

「これは、人類にとっては小さな一歩だが、一人の人間にとっては大きな飛躍だ」

(ある父親の言葉)

 

説明するまでもなく、これは人類初の月面着陸を果たしたアポロ11号のアームストロング船長の有名な言葉のもじりである。そして、子供が一人で自転車に乗れるようになった瞬間に、自分がとっさに思った言葉であった。それくらいに、自分にとっては、劇的で胸に迫る出来事だった。

 

子供に自転車を買い与えたのは、5才の誕生日を過ぎてしばらくしてからだった。記憶では、自分自身が保育園児だった5~6才の頃に乗れるようになった気がするので、それがきっかけだった。子供は自転車に乗ること自体は楽しんでいたものの、親の思いに反して、なかなか補助輪を外したがらないまま時間が経過し、とうとう保育園を卒園して小学生に。どうしたものかと同僚に相談してみると、キックバイク(ペダルがない二輪車)を使って遊ばせていたら、自転車にもすんなり乗れるようになったという話を複数聞いたので、ペダルを使わず、自転車にまたがった状態で地面を蹴って走る練習をすることにした。補助輪を外したので、最初は子供も怖がり嫌がっていたが、徐々に楽しくなってきたようで、すぐに自分から自転車の練習をすると言うようになった。

 

練習場所には、自宅アパートのすぐ近くの農道を使った。舗装路だが、田んぼの真ん中の一本道なので、死角はなく安全確認も容易にできる。人が通れる程度の細い道と接続しているものの、車にとっては事実上行き止まりになっているため、ほぼ歩行者と自転車しか通らない。まさに、練習に打って付けの道だった。子供の練習とは言え、そこそこのスピードが出る。ほかの歩行者や自転車とぶつからないように声をかけつつ、早歩きでついて行くのは、自分にとっても結構いい運動になった。そうして1回30分程度の練習を5、6回重ねたところ、1回のキックで数メートル先まで行けるようになり、その間の体と車体のふらつきも少なくなって、左右のバランス調整ができるようになってきた。「そろそろ行けるだろう」と思って、サドルを押さえながら押してあげたあと、自分の足でペダルを漕ぐよう指示して手を離してみたところ、そのまますーっと自分で漕いで進み始めたのだった。あまりにもすんなりと、あっけなく、それでいてしっかりとペダルを漕いで走れるようになったものだから、子供のすばらしい成長ぶりに自分も感極まって、思わず冒頭のような言葉を想起するに至った・・・というのが、先月起きた「ごく小規模な事件」の顛末である。今では、自分も自転車に乗り、子供と一緒に数kmのサイクリングをするのが休日の日課になりつつある。

 

今回のような、子供にとって一生に一度の貴重な場面に立ち会えたのは、親としてこれ以上無い喜びだった。そうした時間を、これからも子供と一緒に経験していきたいし、一瞬一瞬を疎かにせず、目に焼き付けるつもりで大切にしていきたいと思う。

 

(40分)