The Last Chance

朝起きて洗面台の前に立つとき、玄関に立って家を出ようとするとき、職場のトイレで用を足して手を洗うとき。鏡に映る自分の悲壮な姿を目にするたびに、絶望的な気分に苛まれる。なぜ自分はこんな目に遭うのだろう、この年齢でこんなにも進んでしまうなんて、不条理にもほどがある…。そんなふうに運命を嘆いては、圧倒的な現実を前にただただ打ちひしがれる。

 

そう、これらは全て頭髪の問題、薄毛の進行の話である。これが今の自分の悩みの8割以上を占めていると言っても過言ではない。かつて自分を極限まで追い詰めた過酷な家庭での戦争は、暗黙の休戦協定が成立し、もはや生きるか死ぬかの心配はしなくてすむようになりつつある。その反対に存在感を増してきたのが、薄毛の問題だった。なにせ、前頭部の地肌が、強い光を浴びるとうっすら透けて見えるようになってしまったのだ。念入りに髪を整えてもこれなのだから、強い風を受けたり、帽子を被って髪が潰れたり、スポーツをして汗をかいたりすると、もう目も当てられない状況になる。だからどこにいても、何をするにも、今の髪の状態を心配せずにはいられないし、かといって手を加えても大して状況は改善しないものだから、無力感に心を塞がれてしまうことになる。

 

しかし、これはずっと前から予測されていた未来でもあった。父親の形質が遺伝することはどう考えても自明だったから、2012年頃からシャンプーには気を使い始めていたし、ミノキシジル配合の育毛剤「リアップ」も2014年から継続的に使用してきた。毎朝の豆乳も欠かさず飲み続けてきた。それでも所詮は対症療法、薄毛の進行を幾ばくか遅らせる効果はあったにせよ、それを止める、改善する効果までは残念ながら得られなかった。それさえも予見していたことではあったのだが、わずか33才でこの有様というのは、いかんせん進行が早すぎた。おそらく、先の大戦の過度なストレスに加え、栄養バランスの偏り、睡眠不足、運動不足などが影響したのだろう。せめて40才までは、地肌が見えない程度の毛量をキープしたかったし、髪の心配をせずに表を歩ける軽快な心の持ち主でいたかった。

 

この状況を変えるため、未来に一筋の希望を託すためには、もはや残された手段はこれしかない…。そう意を決して自分が今日から始めたのが、AGA(男性型脱毛症)治療薬の内服剤「ザガーロカプセル0.1mg」の服用だった。1日1錠を朝食後に飲むもので、価格は30錠で11000円。医者で処方箋を出してもらうための診察料が5000円。しめて一月当たり16000円で、自由診療のため全額自己負担である。副作用はほとんどないと言われているものの、この金銭的負担の大きさがネックでこれまで手が出せなかった。しかし、もはや背に腹は代えられないところまで来たので、とうとう手を出すに至ったのである。この分の財源確保をどうするかはこれからの課題であり、妻へのカミングアウトも同様だ。ザガーロは、「5α還元酵素I型およびII型を両者ともに阻害し、テストステロンからジヒドロテストステロンへの変換を抑制して、男性型脱毛の進行を遅延させる」ことが期待される。果たして薬の効果は現れるのか。頭皮の致命的露出は何としても阻止できるのか。半年後に希望を持って、ひいてはその先にある心の幸福を夢見て、リアップとともに服用を続けていきたい。

 

(85分)

 

<2021/8/3追記>

7月下旬に処方箋を求めて病院に通院したところ、医師のすすめで、より効果の高い「ザガーロカプセル0.5mg」に薬を変更することになり、かつ「自由診療だから」と半年分を一気にまとめて処方された。0.5mgでも薬価はほぼ変わらず、処方箋をもらうための診察費が浮く分、ランニングコストは約1万円/月に定価した。これなら何とか資金をやりくりして継続していけそうだし、効果もより期待できそうだ。