イクシゴ論(4)「「仕事と育児の両立」は、もう古い」

少子化対策働き方改革における課題として、「仕事と育児(家庭)の両立」というのは、社会的によく議論になるテーマだ。これはこれで確かに多くの人に共通する問題ではあるのだが、自分自身の実感として、このテーマは「労働時間」という物理的な問題に集約されており、ある重要な視点が欠けていると思う。それは、「育児中の親のメンタル」をいかに健全に保つかという視点である。そして、育児中の親のメンタル面に焦点を当てて今議論すべき最も大きな問題は、「育児と自分の時間(趣味)の両立」なのではないか、と感じている。

 

仕事と育児の時間は、日中と朝夕、平日と休日というように時間的に重ならず、少なくとも被雇用者(サラリーマン)であれば物理的にきっちり分かれている。だから、仕事の遂行に必要な一定の裁量と知識技能経験を労働者がきちんと備えていて、かつ突発的な事態(事故や災害、トラブル等)が頻発しなければ、仮に雇用主や政治が無策でも、案外、両立は可能である。少なくとも、自分自身にとってはこれは現在障害になっていない。

 

一方で、育児と趣味の時間帯は、仕事以外のプライベートの時間が対象であり、完全に被っている。なおかつ、優先順位上、常に育児のほうが完全優位であり、同じ時間で家事もしなくてはならないため、趣味に充てられる時間は、少なくとも休日の日中には存在しない(特に我が家では、「平和は自由に勝る」という原則がある)。平日・休日に、子供の起床前(4~6時)もしくは、子供の就寝後(22~23時)にわずかに自由時間を作れる程度である。朝活のための読書も、毎回開催日の土曜日の早朝の時間を充てることで、何とか間に合わせているというギリギリの状況だ。プライベートの時間は、自分のために自由に使える「オフ」の時間では決してないのである。ただ、平日の勤務、休日の家事育児に疲労が溜まっていると、この時間に起きてわずかな時間趣味を楽しむことはすら現実には困難で、大抵は睡眠時間に消える。従って、「育児中の親は、よっぽどの無理や努力をしない限り、自分の趣味(特に時間のかかるアウトドア系)はほとんどできない」というのが実情なのだ。

 

こうなると、自分のやりたいことを楽しむ時間のみならず、自分と向き合い見つめ直す時間、何かを学んだり将来のことを考えたりする時間も持てず、ストレスが溜まり、気分は落ち込みがちになる。さらに、メンタル的に不調を来すと、基本である「仕事と育児の両立」も覚束なくなり、日常生活の基盤が根底から揺らぐことになる。この事態の悪化を食い止められないと、最終的には離職だったり、育児放棄だったり、産後クライシスだったりといった深刻な状況につながり、個人にとっても、社会にとっても致命的な結果を引き起こすことが懸念される。親が自分の時間を持てるかどうかは、「贅沢な悩み」として片付けていいことではないのである。

 

このことから、育児中の親のメンタル面の健康を保ち、ひいては子供の健全な成長を促すために、「育児と自分の時間(趣味)の両立」に社会的な関心が向けられて欲しい、というのが自分が常々感じていることだ。「子供のため」という言葉・意識が、社会や親自身の中で強まれば強まるほど、親のメンタル面への関心は薄れ、親は支援もないまま徐々に追い詰められていくことになるが、これで親の心が折れてしまっては、結局誰のプラスにもならない。最近は育児番組でも、専門家が「マズローの欲求5段階説」を例に出したりして、「自分の時間」が非常に重要であることを訴えている。

 

NHK Eテレすくすく子育て-
新型コロナウイルスとこれからの子育て(1) 自分に目を向ける「自分の時間」を
https://www.nhk.or.jp/sukusuku/article/2020msg201.html
すくすく子育て 増刊号 2020(1)
https://www.nhk.or.jp/sukusuku/p2020/824.html

 

例えば、未就学児であれば、保育園や自治体の子供センター等での子供の一時預かりを充実させるとか、小学校低学年くらいの児童であれば、同伴者なしに子供同士だけで参加できる体験型のイベント等を開催するといったことが、親が自分の時間を持てるようにするための支援に繋がるだろう。そして何より、社会が「親が自分の時間を欲しいからって子供を預けるなんて、子供がかわいそうだ」といったような偏見を持たないようにすることが強く求められている。個々の家庭の事情や親のメンタルを軽視した偏見が、直接的、間接的に向けられることで、傷つけられている親が世の中に大勢いることは想像に難くない。1ヶ月に半日だけでも実質的な「休日」が持てれば、親のメンタル面は劇的に改善する。フルタイム勤務とフルタイム育児に追われ、「休日」が年間で延べ数日しかない自分が言うんだから、これは間違いない。そもそも、仕事も育児もどちらも「労働」であるという非常に重要な前提が、果たして社会一般にきちんと認識されているだろうか。自分が思うに、それはノーである。仕事と育児の両立さえできれば問題ない、と考える人は、社員の長時間労働を会社への貢献と評価する経営者と同じくらいに、その人の心身の健康を無視しており、時代錯誤だ・・・そう言ってしまっても決して言い過ぎではない。

 

子供の人権はもちろん、親のメンタル、親の人権(=人間らしく、自分らしく生きる権利)も同じだけ尊重する社会に変わって欲しい、いや自分の世代が変えていかなければならない・・・。「仕事と育児の両立」の論点がズレればズレるほど、そう強く思えてならないのである。

(90分)