アクセラ、去る

2010年3月から使用してきた自家用車、マツダ アクセラスポーツ(1500CC)を、買い換えに伴い6月下旬に手放した。

 

買い換えた理由は、「車体の老朽化」と、「新たなニーズへの対応」の2点による。前者は、10年間の使用であちこちガタが出てきていて、修繕費がかさむ上に異音もするなど、老朽化に伴う様々な問題が露呈していたことを指す。新たな故障が起きる前に速やかに買い換える必要があった。後者は、子供が成長し、体重が増えると同時に盛んに動き回るようになるに連れて、子供の乗せ下ろしに便利で、ドアパンチの恐れがないスライドドアを装備した車の必要性が日に日に高まっていたことが、具体的な事情として挙げられる。まだ、車検は来年3月まで残っていたし、走行機能だけ見ればまだまだ問題なく使えていた。だが、故障のリスクと、ヒンジ式の普通のドアの不便さがどうにも我慢しがたかったので、昨年末から「春になったら買い換える」と固く心に決めていたのだった。そのため、1月頃を最後に洗車はせず、4月以降も夏タイヤに換装せずスタッドレスタイヤを履き続けるなど、アクセラを「旧車」扱いして、ガソリン代以外の出費を生じさせないように徹底していた。

 

また、後継車は、新車ではなく中古車と決めていた。子供がきちんと分別の付くようになるまでは、車の中でジュースやお菓子をこぼすだとか、車体を爪でひっかくだとか、様々なアクシデントが起こりかねない。アクセラでは、「車内飲食禁止」というルールを2017年くらいまで厳しく守って、長きにわたって車内美化に心を砕いていただけに、新車でいきなり座席にジュースのシミが出来たら、相当なショックを受けることは避けられないだろう。だから、「移動のための足」と割り切って、「乗りつぶす」ことを前提に、中古車を買うことにした。中古なら、元から傷も汚れもあるし、新車より安いから、多少それらが増えたところで大して気にはならない。そして、購入する車を選ぶ基準としては、雪国の定番四駆(4WD)ではなく燃費のよい「二駆(FF)」であること、「1500CC以下」であること、後部座席が「両側電動スライドドア」であること、走行距離が「2万km以内」であること、の4点に絞り、予算150万円を目安にして探すことにした。

 

経緯の詳細は省くが、上記の基準で中古車業者をいくつか回って決めた車が、2015年式のトヨタ シエンタ(1500CC、7人乗り、型式DBA-NSP170G)だった。上記の基準を全て満たしており、予算を約10%オーバーした総額167万円で購入した。探し始めてから車を見つけて契約するまでわずか1週間だったので、かなりスピーディだったが、中古車はどれも「1点もの」で早い者勝ちなので、どれがいいか複数並べて熟慮する時間はなかった。それに全国に散らばる車両をネットで検索して探す形で、現物を直接確認して見定めることはできなかったので、「あんまり考えすぎても仕方がない」と最初から割り切っていたところもあった。中古車市場は、情報の非対称性が大きい「レモン市場」だと経済学の授業で教わっていたこともあり、どんな車が手に入るかは一種の賭けでもあった。そして結果的には、その賭けは当たりだった。納車時点での状態も想像以上に良好だったし、1ヶ月ほど乗ってみた感想としても、機能と性能の両面で、シエンタの満足度は非常に高く、中古車であることのデメリットを感じる要素は一切なかった。新車で買うよりは100万円近くも安上がりで、この車を入手できたのは、本当にいい買い物だったと100%満足している。

 

ただ、それでも、この車の存在意義はあくまで「移動の足」に過ぎず、その域を超えることは決してないだろう。下取りゼロ円と査定されたアクセラは、中古車業者ではなく廃車専門業者に引き取られ、すでに解体されてスクラップになってしまった。だが、時間が経てば経つほどに、あの「青い車」との思い出が鮮明によみがえっては、往時の姿が脳裏を駆け巡る。

 

カタログの表紙の写真にビビっときてセレスチアルブルーマイカという車体色を即決したのは、文字通り若気の至りと言うほかないが、他に類を見ないあの強烈な青さゆえに、その存在感はどこに居ても際立っていた。共に駆け抜けた距離は、地球4周分の12万キロに及んだ。思い出を挙げれば尽きることがない。真冬の1月に山形・蔵王や岩手・雫石にはるばるスキーのために足を運んだこと、ロードバイクを積んで遠征し、日光・いろは坂や江戸川沿いを走ったり、乗鞍岳を登ったりしたことなどは、自分の趣味を思う存分満喫した希有な体験であり、一種の冒険でもあり、いずれもS君との二人旅だった。あるいは、渋峠を越えて群馬・草津温泉まで行きバドミントン合宿に参加したり、山梨・山中湖畔でのテニス合宿に参加したりと、職場の後輩を率いていくつものイベントに参加する際の足となり、独身時代のアクティブさを支えてくれた。家族、友人、同僚、果ては運転代行業者まで、移動を通じて多くの人と一緒に車内で時間を共有し、多くの会話が生まれた。その一方で、車庫にぶつかったり追突事故に巻き込まれたりでリアバンパーは2回も交換の憂き目に遭い、左のドアミラーも自損事故で2回交換(うち1回はドアごと取り替え)となるなど、アクシデントも多く、不運な車でもあった。越後湯沢に行く途中の峠でホワイトアウトに巻き込まれ命からがら平地まで下りたことや、雪道でスタックして動けなくなり同乗者に後ろから押してもらったことなど、FF車ということもあり特に雪に関しては人一倍苦労を重ねもした。…際限がないのでこの辺りにしておこう。とにかく、アクセラのおかげで行くことができた場所、知ることができた領域は、ちっぽけだった自分の世界を大きく拡げてくれた。初めての自分専用の車、社会人になって最初の10年間という変化に富んだ時代をずっと支えてくれた車だったからこそ、ともに歩んだ経験は自分にとってかけがえのない財産となった。アクセラが去り、思い出だけが残る今だからこそ、アクセラの果たしてくれた貢献がいかに大きなものだったかを、改めて強く実感している。

 

車は「走る凶器」であり、二酸化炭素を出して地球温暖化を促進する「環境問題の原因」だから、存在自体が悪である・・・という信念は、運転歴10年を経た今も変わらない。だから、自動車に対して愛車という表現は決して使わない。それでも、自分に多くのものを与えてくれたアクセラには、とても大きな感謝を感じている。自分の人生でたった一台の「青い車」よ。10年間、本当にありがとう。君の姿は、自分の心の中でいつまでも輝き続けることだろう。

 


スピッツ / 青い車

 

(110分)