イクシゴ論(1)「連休=連勤説」

今日は火曜日だが、自分に限っては仕事は休みである。今週土曜に休日出勤があることに伴う振替休日を充てたためだ。昨日まで成人の日の3連休だったところに振替をつなげたので、妻には「自分だけ4連休か」と批判された。だが、元々水曜日に取るつもりだったところ、上司の都合で火曜日に変更してたまたま4連休になったものなので、批判されるのは筋違いだ。

 

そもそも、自分は3日以上の連休というものが大嫌いだ。社会人になってから、休みすぎると休みボケの症状が出て、仕事復帰後に支障を来すということが分かり、長すぎる連休を忌避してきた。年末年始休暇がたまたま9連休になったときには、6~7日目くらいにリハビリと称して休日出勤するのが恒例だったし、今回しかり、振替を取るときは連休に接続しないように注意してきた。連休嫌いがさらに顕著になったのは、育児をするようになってからだ。育児中ではない社会人にとっては、休日は「仕事から解放される日」「趣味や交友に充てられる日」あるいは「何にもしなくてもいい日」だろう。何をするか、どんな日にするかは自分で選べる。だが、育児中だと自動的に「丸1日子守をする日」になる。よっぽどのことがないと、これ以外の選択肢は選べない。そのため、朝から晩まで子供に付きっきりで、食事、おやつ、昼寝、遊び、入力、就寝の世話を見ることになり、その合間に掃除、洗濯、炊事といった家事をやることになる。時々スーパーに買い物にも行くが、ほとんどは自宅で過ごす。特に今は冬季でインフルエンザの流行期なので、安易に人で混み合うところには行けないから、余計に引きこもりがちになる。中身的には、手待ち時間(空白時間)もかなり長いが、2歳半の子供は何をしでかすか分からない(床や机に落書きしたり、食べ物を散らかしたり、自分でドアを開けて部屋から部屋に移動したりする)ので、片時たりとも注意は逸らせない。そのため、精神力と体力を非常に消耗することになるし、自分の時間など無いに等しい状態になる。だから、育児中の場合、休日とは心身を休める日ではなく、「1日家で働く日」なのであり、連休とは「連勤」にほかならないのであるむしろ平日の勤務日のほうが、昼休みという自由時間があり、適宜休憩できる分、身体的には負担が少ないほどだ。連休を喜べるのは、育児という義務を負っていない人の特権であり、相手に構わず有休消化のためにやたらと連休を勧めてくる管理職は、育児中の部下に対する想像力が欠如していると断じざるを得ない。

 

そういうわけで、今の自分には連休はうれしくないし、休日自体が純粋に歓迎できない存在だ。普通の土日ですら、金曜日の夜は「さあ、これから頑張るぞ」と気を引き締めているくらいである。その唯一の例外が、平日の振替休日だ。子供は保育園に預けるので、この日だけは文字通り休めるし、自由に使える。強制的に取るものだから、有休と違って妻に指弾されても気にならない。年に4~5日あるかどうかという貴重な休日である今日を、自分のために、ぜひ有効活用すべく、朝5時に起きてこの記事を書いたところである。

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育児と仕事に奮闘する男性が抱える思いを代弁するべく、今回から「イクシゴ論」というタイトルでシリーズ記事を書くことにした。前提として、育児を嫌だとか面倒だとかいうのが本旨ではなく、大変なことを大変だと正直に言って正面から向き合ったその上で、育児をいかに前向きにとらえ、乗り越えていくかということを目指したものであるということを念押ししておきたい。あくまで自分が個人的に感じたこと、自分の環境において生じたことなので、どこまで普遍性があるかは全く分からないが、たとえあってもなくても自分にとってはこれがひとつの鬱憤晴らしにはなるので、なるべくコンパクトにすることに留意し、月2回以上を目安に更新していきたいと思う。

 

(40分)