この世界の片隅に

昨年11月に公開されたアニメーション映画、「この世界の片隅に」のBlu-ray版を今夜観賞した。

この作品に興味を持ったきっかけは、作中冒頭で流れる「悲しくてやりきれない」という曲が、予告編で使われていたことだった。この曲は、大学1年生だった2006年当時に「あの歌がきこえる」というNHKの番組で紹介されていたのを観て知った、自分にとって思い出深い曲だ。大学生になって一人暮らしを始めたばかりの頃に聴いたせいか、頭にずっと焼き付いていて、何かもの悲しい気持ちになるたびに、ふと口ずさんできた。このザ・フォーク・クルセダーズの往年の名曲を、コトリンゴがカバーしたというところ、そこに一番心惹かれて、物語の詳細はよく知らないままに、1年越しで映画をようやく観るに至ったのだった。その結果、映画の世界に完全に魂を持って行かれてしまって、自分は虚脱状態に陥った。


やはり、コトリンゴがカバーした曲の存在感は、すごく大きかった。冒頭で流れることで、物語全体がこの曲の歌詞と歌声のイメージに彩られて、切なくも、ゆったりと進んでいく感じがしたし、物語後半で起きた出来事のあとは、前半との落差の大きさを際立たせる感じがして、一層この曲の深みが増した気がしたからだ。毎日をけなげにひたむきに生きる主人公・すずのイメージに、すごくマッチしていた。映画に対しては、自分にわき起こった感情をどう表現したらいいのか、どう評価したらいいのか、言葉が浮かばないのだが、あまりにも作品世界に感情移入しすぎたのか、観賞中から鑑賞後しばらく経つまで、30分ほど涙がボロボロと止めどなくあふれてしまったということは確かだ。もう何も考えられない、何もしたくないような、いわば放心状態になってしまった。休日の夜に、自宅で、一人で観賞していたのは幸いだった。日中に、映画館で、誰かと一緒に観賞していたら、こんなふうにぼろ泣きできなかったし、もし泣いていたらその場にいる人に合わせる顔がなかった。また、30歳の今の自分がこの作品に出会ったというのも、運命的だったと思う。仮に10年前の20歳の自分が観たら、何気ない生活のかけがえのなさを描いたこの作品の深い味わいに気づけなかっただろうし、初めて観るのが10年後の自分だったら、心が疲弊しきって涙も出てこなかったかもしれない。追い詰められて、悩んで、心が日々揺れ動いている今の自分だったからこそ、これだけ激しく心が震えたという可能性は否定できない。観終えて3時間経った今でも、心はどこかを漂っていて、所在不明のままだ。これから寝れば心もリセットされるだろうが、物語を知ってしまった以上、全く同じ感動をもう二度と体験できなくなるということでもあり、寝たいような寝たくないような複雑な気分でいる。


大人が観るべきアニメというのは、まさにこういう作品のことを差すのだろう。早速サウンドトラックも注文したので、音楽を通じてまた本作の余韻を味わいたいと思う。

(50分)