抜歯 その3〜お持ち帰り〜

7連休の最終日だった今日は、家でだらだらと過ごしていた。積極的に何かをやる気が起きなかった原因は、一つは寒さを感じるほど低い気温とどんよりした曇天のせいであり、もう一つは夕方に予定されていた、2本目の親知らずの抜歯のせいであった。特に午後からは、後者への不安から憂鬱になっていた。


午後4時20分ごろ、自転車でいつもの歯医者に到着した自分は、診察券を受付に出すと、どさっと力の抜けた感じでソファに腰を落とした。いくら前回の抜歯時に全く痛みを感じなかったとはいえ、歯を抜くという体にとっては不自然な行為に対しては、やはりためらいをともなったし、精神的に嫌なものだった。歯は一度抜いたら二度と元には戻らないのだから、例えその抜歯が不可欠のものであっても、抜歯という行為は特別なものであり、抵抗感をともなうのは極めて自然かつ当然の反応であった。何のためらいもなく「ぽん」と歯を抜くことが出来てしまっては、自分の歯を失うことに対して歯止めが利かなくなってしまう。そうすれば容易く全ての歯を失ってしまうだろう。そうしたら食べることにおいてはもちろん、話すことや物を持ち上げるために踏ん張ることにさえも、大きな支障を来すことになり、QOLは著しく低下する。歯の健康を保持するためには、こうした精神状態をともなうことは、正常な防衛反応だと言えた。そんな自分の気持ちはさておき、名前を呼ばれて診察室の椅子に寝かされた後は、速やかに抜歯手術が始まったのだった。今回は左の上の親知らずを抜かれることになった。抜歯は二度目ということもあり、医者は特段の説明もなく、麻酔の実施を皮切りに前回と同様の内容で淡々と手術を進めた。自分のほうも、ここに至っていい加減「観念」する気持ちが固まり、平常心で手術を受けた。「歯の根はしっかりしているな」「結構歯が太いぞ」といった声が医者の口から漏れたので、少し体を強張らせてしまったが、何かの器具で数回歯をぐりぐりとねじられると「バキッ」という音とともにいともたやすく歯は抜けた。音こそ生々しかったものの、その後糸で抜けた穴を縫った時も含め、痛みは全くなかった。そして止血のためのガーゼを噛まされて体を起こすと、やれやれという感じでほっと溜息をこぼしたのだった。そのとき医者が不意に、「えーと、抜いた歯は持ち帰るんでしたっけ」と口にした。それに対して自分は、ガーゼのせいで口を満足に開けられないまま、「いえ、いらないです」と答えた。歯をもらっても使い道がないと思ったからだ。前回も持ち帰りはしなかった。するとその話は切れ、今回の治療の終わりを告げられたので、自分は会計を済ませて帰ろうとした。その直後、歯科衛生士から呼び止められて、改めて「さっきお聞きしたかもしれませんが、抜いた歯はどうされますか」という話をされた。そこで自分は急に気が変わって、「じゃあ記念に」と言って、それをもらうことにした。もらっても保管しておきたくはないと思ったが、写真を撮ってデータだけ残しておき、歯自体は庭にでも投げ捨てておけば別に邪魔になることもないだろうと思いなおしたのである。


家に帰ると、抜いた歯をまじまじと観察してみた。前回抜いた親知らずに比べて、足の部分がずいぶん太く、歯自体も太く見えた。またずいぶん虫歯の穴が深くまで達していることに驚かされた。穴は真っ黒で、試しに歯ブラシを当ててこすってみたところ、穴の中まではブラシの毛が届かなかった。これでは抜歯もやむを得なかったと思わざるを得ない。他の歯をこんな状態にしてしまわないよう、正しいブラッシングをしなければならない、そう改めて思わされたのだった。


ガーゼを噛むのは、抜歯後1時間ほどたったところで止めた。医者の指示では、30分で十分とのことだったから、あまり長くやる必要もないと思ったのだ。ただ歯の穴からの出血自体は寝るときまで続き、夜は血の混じった唾液を十数分ごとに吐き捨てるのに忙しかった。抜けた血を補うためにと思って、夕飯はいつもは全くしないごはんのおかわりを2回もして、栄養をとるように心掛けた。前回処方されたのと同じ薬を、今回も3日後まで毎食後服用しなければならない。ただすでに右の抜歯穴がなんともなくなっているように、今回のものもせいぜい10日くらいで、すっかりなんともなくなってしまうことだろう。それまでしばしの間ではあるが、若干の食事や歯磨きの不便さに耐えてじっと過ごす必要がある。次回の治療は、来週の金曜日(代休日)である。


以下に抜いた歯の写真を掲載しておくが、一部に歯肉や血がついていて、人によってはグロテスクに感じるかもしれないので、見る際にはくれぐれも注意していただきたい。安全のためサムネイルは小さく表示してあるが、クリックすると大きな画像を見ることが出来るようになっている。見たことによっていかなる被害や損失を被ったとしても、自分は一切責任を負わないので予めご承知置きを。




※※画像注意※※


(65分)